第19話 リリルとクリソス

 春の祭りが終わり、数日が経つ。

 生徒たちも浮かれた雰囲気は落ち着き、日常に戻っていた。


 「おはよう。ルーネス、イト」

 ディードとブラッドが挨拶してくれたので、リドとイトも挨拶を返す。

 「ルーネス、今日の授業内容、一緒に確認してくれないか? 予習してきたんだが、不安なところがあって……」

 「いいよ。あの先生、急に当ててくるもんね」

 「そうなんだよ……」

 リドたち四人は教科書やノートを開いて、今日の授業の内容を確認し合っていた。

 そうしていたとき、リドたちのそばをリリルが通り、席に座る。

 「あ、オーゴさん。おはよう」

 気づいたリドがリリルに挨拶する。

 「おはよう」

 ふとそこでリドは、リリルの隣にクリソスがいないことに気づく。

 「あれ? クリソス君が見当たらないけど」

 「……クリソスなら、あとで来るわ」

 リリルはそう言って鞄から教科書を取り出して読み始めた。

 なんだかリリルの様子がいつもと違う気がした。いつもより、トゲのようなものを感じる。

 リドはディードやブラッドの方をチラリと見る。ディードとブラッドもリリルの様子がいつもと違うことには気づいたようだが、原因は知らないようで、首を傾げていた。


 クリソスは、授業が始まるギリギリの時間に滑り込みで教室に入ってきた。

 「クリソス君、だいじょうぶ……? 髪がボサボサだよ」

 イトがそっと小声で伝えると、クリソスは慌て髪を手ぐしで整える。

 「寝坊しちゃってさ〜……」

 クリソスは、へにゃっと笑う。

 イトは思わずジッとクリソスの顔を見る。いつもより元気がないように感じた。

 「ねぇ、クリソス君……」

 どうしたの?と聞こうとしたが、先生が教室に入ってきた。この先生は私語に関して厳しいのでイトはきゅっと口をつぐんだ。

 イトはチラリとクリソスの顔を見る。クリソスは急いで教科書の用意をしていた。

 昼休みに聞いてみようとイトは思い、教壇の方に顔を向けた。


 「エメラルドは美しい緑色の宝石ですよね。このクルリアン国にはあるエメラルドの宝石人形の伝説があります」

 そして先生は伝説を語り始めた。


 今から500年前の冬、ある貴族が、雪景色は飽きた、屋敷の庭を美しい景色にした者にはどんな褒美も与えると言いました。

 あらゆる人が集まり、冬に咲く花をかき集め、庭を彩りました。ですが、貴族は気に入りませんでした。

 ある日、エメラルドの宝石人形を連れた青年が貴族のもとへやってきました。

 青年はエメラルドの宝石人形と共に雪が積もり、真っ白の庭に足を踏み入れました。

 そして、エメラルドの宝石人形がくるくると庭で踊り始めます。

 すると、エメラルドの宝石人形が踊る足元から若草がどんどん生えてくるのです。

 エメラルドの宝石人形が枯れ木に触れれば、緑の葉を付けたのです。

 あっという間に雪で真っ白だった庭は緑あふれる庭へと変わったのです。

 貴族は感動し、その青年とエメラルドの宝石人形に褒美を与えることにしました。

 褒美でお金をもらった青年とエメラルドの宝石人形は世界を旅して、美しい緑の輝きで人々を癒していきました……。


 「エメラルドの宝石人形が変えた庭を見た貴族は、これはある庭だと言いました。突然ですが、問題です! 貴族はこれはどんな庭だと言った? それじゃあ〜クリソス君、答えてください」

 先生はクリソスの方を見た。

 クリソスはボーッとしていたのか、いきなり当てられてびっくりしている。

 「あー……えっと、ちょ、ちょっと待ってください……」

  クリソスは慌て教科書のページを捲っている。

 「あ……」

 隣の席のイトは、クリソスが該当のページを飛ばしたのに気がついた。

 いつもだったらリリルがこの辺りで手助けするのだが……。

 今日のリリルはクリソスの方を一切見ていなかった。

 「クリソス君、3ページ前にかいてあるよ」

 ほっとけなかったイトは、ページを教えた。

 「あ、ありがとう。イトちゃん」

 クリソスは少し安堵した表情になり、ページを戻る。

 「えっと……天国の庭、です」

 先生が頷く。正解である。

 「そうです。天国にある庭のように美しく癒される緑の庭だと貴族は言ったのです。それでは、今日はエメラルドについて詳しく説明します」

 授業を聞いている間、イトは気になってつい何度かクリソスとリリルの様子を見たのだった。


 昼休み。リドたち宝石人形師たちは食堂でランチだ。その間、イトたち宝石人形は自由に過ごす。日光浴をしたり、読書したり、アロマオイルで香りを楽しんだりしている。

 リドと別れたイトはさっそくクリソスのそばへ行く。

 「クリソス君、元気ないみたいだけど……どうしたの?」

 「え? うーん……」

 クリソスは口をもごもごさせて、なかなか喋らない。

 イトは静かにクリソスが喋るのを待っていた。

 「あのさ……イトちゃん。ボクってさ……」

 クリソスは何かを言いかけて、また口をつぐんでしまう。

 「クリソス君……?」

 イトがクリソスの顔を覗き込むと、クリソスはへにゃっと笑った。

 「ごめん、なんでもない! ちょっといろいろあってね〜」

 「そ、そうなの?」

 「うん! ボク、ちょっと散歩してくる!」

 クリソスは勢いよく立ち上がって、教室を出ていってしまった。

 イトはしばらく、クリソスが去っていった方向を見ていた。

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