第13話 新しい服を買いに

 リドたちは学校に入学して一ヶ月が過ぎた。


 授業が始まるまでの間、リドとイトはクリソスとリリルの二人と喋っていた。

 「イトちゃんたちは、今度の休みにどこか行くの〜?」

 クリソスは足をぶらぶら揺らしながらそう聞いてきた。

 来週には一週間の休みがあるのだ。

 農作業が本格的に始まる前の時期に、豊穣の神に農作物が育つように祈るための祭りを行う。国中が行う大規模なお祭りとなるため休みが設けられているのだ。

 一週間とそこそこ長い休みのため、実家に帰省する生徒も多い。

 「リドの実家にいっしょに行くんだ。たのしみ」

 イトは黒い瞳をキラキラさせてそう言った。

 「いいねぇ。ボクとリリルは学校に残って、学校に残った人たちと一緒にお祭りに行くんだ〜」

 「帰ってきたら、ルーネス君たちの地元のお祭りがどんな風だったか聞かせてね」

 リリルがそう言えばリドは頷いた。

 「それじゃあイトちゃんは、初めての遠出になるわね。お祭りもあるし、とびっきり可愛い格好をしなきゃね!」

 リリルはニコニコと笑みを浮かべてそう言った。

 「……かわいいかっこう?」

 イトはコテンと首を傾げた。

 沈黙が訪れた。リリルがじぃ〜っとリドの方を見た。

 「ルーネス君……イトちゃんに何を着せる気なの?」

 「えっと……学校から支給された服で……」

 バンッとリリルが机を叩いた。リドとイトはビクッと体を震わせた。

 「ありえないわっ! あんな地味な服でイトちゃんをお祭りに参加させるなんてありえない!」

 リリルはガシッとリドの両肩を掴んだ。リリルの蜂蜜色の瞳がギラギラしている。リドは思わず「ひっ」と声が出る。

 「ルーネス君。今日の放課後、イトちゃんの服を買ってきなさい。おすすめのお店、教えてあげるから! 大丈夫、リーズナブルなお店だから!」

 リリルはすぐさまお店の住所を記したメモをリドに渡す……というか、押し付けた。


 学校の規則として、リドたち宝石人形師(人間)は制服着用が義務付けられている。

 だが、イトたち宝石人形の服装は、華美なものでなければ自由だ。

 宝石人形は少年少女の型だけでなく、成人男性・女性の型もあるため、成人型の宝石人形に学生服を着させるのは厳しいだろう……ということで自由になっている。


 そして、学校から宝石人形用の服がいくつか支給されてはいるのだが、これが飾り気のないシンプルな服……リリルに言わせてみれば地味なのだ。


 リドは横にちょこんと座るイトを見た。

 学校側から支給された、地味な黒いワンピースを今日は着ている。

 イトの服は白、黒の無彩色のものしかない。

 せっかくお祭りに参加するのに、地味な服では味気ない。それに、夏には長期休暇がある。外出する機会が増えるのは間違いない。

 リドはリリルからもらったメモを、丁寧に折り畳んで胸ポケットにしまった。


 放課後、リドとイトは学外へと出た。

 この辺りは学生向けのお店が多い。文具店、本屋、手軽な飲食店、そして服屋。

 「わぁ……人がいっぱい」

 イトはきょろきょろと辺りを見回す。実はイトが学外に出るのはこれが初めてだ。

 リドはスッと手を差し伸べた。

 「迷子にならないように手を繋いでおこうか」

 「うん」

 イトはぎゅっとリドの手を握った。


 「ここだね。オーゴさんが教えてくれたお店」

 リドはリリルからもらったメモをもう一度見直す。手書きの地図も分かりやすかったため、二人は迷うことなく店にたどり着くことができた。

 リドはライトブラウンカラーの木製の扉を開いた。

 カランコロンとドアベルの音が鳴り響く。

 小さな店内にはぎゅっと色とりどりの服が並べられていた。

 「いらっしゃいませ〜」

 カウンターにいた店主らしき女性が愛想の良い笑みを浮かべてリドとイトを出迎えてくれた。

 このお店では、古着の中でも若い女性が好きそうなデザインの物を多く扱っているとリリルが教えてくれた。

 「キレイ……かわいい……いろんな服がいっぱい……!」

 イトのワクワクした気持ちが隣のリドにも伝わってきた。

 「イト、好きに見ておいで。気になるのがあったら持ってきておいで」

 リドがそう言えば、イトは「い、いいの……?」と呟いておそるおそる店内を見て回っていく。

 リドもイトに似合いそうな服を探してみる。

 イトは白い髪に黒い瞳だ。つまり無彩色。どんな色の服でもきっと似合うだろう。

 グレーのブラウス、ワインレッドの無地のロングスカート、紺色のジャンパースカート、白地に黒のポルカドット柄のブラウス、鮮やか緑色のチェック柄のスカート……。

 「どれもイトに似合いそう……」

 リドはつい、あれこれと手を出してしまう。今日は散財することになりそうだ。

 「リド、リド」

 イトがリドを呼ぶ。

 リドはイトの方へと近づく。

 「気になるのがあった?」

 リドが問うとイトは頷いた。

 「これ、とってもステキ」

 イトは一枚のワンピースを広げた。

 青いワンピースだ。襟と袖に白いレースがあしらわれていてお洒落だった。青に白という組み合わせのため、青空のような爽やかな雰囲気を持っていた。

 「良いワンピースだね。イトのサイズにぴったりみたいだし、買おっか」

 リドがそう言うと、イトの顔がパッと輝く。

 「い、いいの……!? 買ってくれるの?」

 「今日はイトの服を買いにきたからね。それに、このワンピースを着たイトの姿を見てみたいし」

 「リド、ありがとうっ……!」

 イトはリドにギュッと抱きついたのだった。


 店には服だけでなく髪留めやスカーフなども少し扱っていた。リドのその中から、カンカン帽を手に取る。青いリボンの飾りが付いていて、イトが気に入っている青いワンピースに合いそうだと思った。

 「イト、ちょっとこの帽子、被ってくれる?」

 リドが渡したカンカン帽を被るイト。

 サイズも良さそうだし、イトによく似合っていた。

 「うん。この帽子も買おう」

 トルマリンはあまり太陽光に強くない宝石だ。日差しもどんどん強くなっていくことを考えると帽子は持っていた方が良いだろうとリドは考えた。

 結局、リドがイトに似合いそうと思った服はほとんど買うことにした。

 「リド、たくさんお洋服、買ってくれてありがとう」

 会計を済ませて店を出るとイトがそう言った。

 「いいよ。むしろ、今までずっと地味な服を着させててごめん」

 リドが少し申し訳なさそうに言えば、イトはそっとリドの手を握った。

 「今日、買ってくれた服、だいじに着るね」

 リドとイトは迷子にならないように手を繋いで帰路についた。


 帰り道。リドは、明日、リリルに会ったら良いお店を教えてくれたことに感謝しないとなと思ったのだった。

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