第3話 キャッツアイの宝石人形

 チチチッ……小鳥の鳴き声が遠くから聞こえる。

 「リド」

 今度は耳元で少女の囁き声が聞こえた。でも、まだ眠たいし、暖かい布団から出る気はない。目は開けない。

 「リド、リド。ねぇ、がっこうにいくじゅんび、しないの?」

 リドはカッと目を開き、布団を跳ね飛ばして起き上がった。

 「え、嘘、もう学校に行く時間!?」

 目覚まし時計を引っ掴んで時間を見れば、まだ6時ぴったり。アラームが鳴る7時まであと1時間もあった。

 リドはため息をついた。そばにいたイトは、きょとんとした表情でリドと時計を見ていた。

 「あと一時間、寝かせて……」

 リドはまた布団を被って寝ようとした。だが、そばにいるイトが、じっとリドを見ている。これでは寝にくい。

 宝石人形は食事は必要としないが、睡眠は必要だ。しっかり休息を取ったほうが、その身に宿る神秘の力を引き出しやすいのだ。

 「イト、眠らないの?」

 リドがそう聞けば、イトはコクリと頷き、窓の方を指さした。

 「そら、あかるいし。それに、がっこうがたのしみで」

 イトのワクワクした表情が、薄暗い部屋の中でも良くわかった。

 リドは布団を剥いで起き上がる。

 「あれ、まだねるんじゃなかったの?」

 「目、覚めちゃったし……。せっかくだし、ササッと準備して、校舎の中を見て回ろう」

 「うん……! みてまわりたい!」

 イトはパッと笑顔になり、早く準備しようと言って、備え付けクローゼットからリドの制服を引っ張り出した。


 学生寮から校舎まで十分ほどで着く。まだ早い時間ということもあって、人気が無い。少しひんやりした朝の空気の中、リドとイトは校舎に入った。

 「僕たち1年生の教室は一階だね」

 「きょうしつ、いっぱいならんでるよ。どのきょうしつ?」

 「1−Cだから、三つ目の教室だね」

 リドとイトが教室を覗けば、ガラガラ。さすがに誰もいなかった。

 「リド、ほかもみてまわろうよ」

 イトがリドの制服の袖をそっと引っ張った。


 静かな廊下に、二人の足音が響く。

 他の学年の教室、自習室、図書館、家庭科室、体育館、保健室……二人はひたすら歩いて色んな教室を見て回った。

 「リド、みて。チューリップがよくみえるよ!」

 イトはパタパタと廊下を駆けて、窓に寄る。そこからは、昨日行った中庭がよく見えた。

 「本当だ。中庭がよく見えるね」

 リドはちょっとだけ窓を開ける。隙間から涼しい朝の風が入り込み、ひたすら歩いて少し火照ったリドの体を冷やした。隣りにいたイトも風に吹かれて髪が揺れる。そして毛先が朝日を反射してキラキラ輝く。まるで窓辺に飾ったサンキャッチャーが風で揺れているようだった。

 「リド、どうしたの?」

 イトの声でリドはハッとした。無意識に、イトの髪に指を絡めていたのだ。

 「あ、ごめん……。綺麗だったからつい……」

 リドはパッと手を離した。イトはちょっと照れたように笑っていた。


 そろそろ生徒たちが登校し始めてきたので、リドとイトも教室へ行き、席に座って喋っていた。

 「学年ごとに定められている色には意味があるんだって。一年生の緑色はエメラルド。二年生の赤色はルビー。三年生の紺色はサファイア。世界三大宝石の色になっているんだ」

 「せかいさんだいほうせき……すごいね」

 そうやって二人が話していると、イトの前に駆け寄ってきた人物がいた。

 「髪サラサラだ〜! 君、かわいいね!」

 そこにいたのは、少年型の宝石人形だ。黄色味が強い淡い緑色のふわふわヘアーをしており、特徴的な瞳をしていた。とろりと蜂蜜色に輝く瞳には縦に白い筋が入る。猫のような目だ。

 「えっと……はじめまして」

 イトは少し戸惑いつつも、挨拶をした。

 「はじめましてー! ボク、クリソスって言うんだ! ね、隣に座ってもいい?」

 「うん、いいよ」

 「やったー!」

 クリソスは意気揚々とイトの左隣の席に座る。

 「うわ〜よく見たら、毛先のほうがキラキラしてる! ね、ちょっと触ってもいい!?」

 「いいよ」

 クリソスはイトの髪を少し手に取り触る。好奇心旺盛な子どもが初めて見るものにワクワクしてる……そんな顔をしていた。

 「あの、クリソス君? きみのパートナーはどこに?」

 イトの右隣に座っていたリドは少し身を乗り出してクリソスにたずねた。

 「え? あれ〜? さっきまで隣にいたのに」

 クリソスはキョロキョロと辺りを見回す。そんな時だ。ガラッと勢いよく教室の扉が開き、朱色のロングヘアの少女が息を切らしながら教室に入ってきた。

 「クリソス……! 勝手に行かないでよ……!」

 「あ〜リリル!」

 クリソスはパッと笑顔になった。対してリリルと呼ばれた少女は険しい顔だ。

 「あ〜リリル、じゃないわよ! ちょっと、クリソス! なに勝手に人様の髪を触ってるの!? ご、ごめんなさい!」

 リリルはイトに謝り、イトの髪からクリソスの手を離させた。

 「だいじょうぶ。きにしてないよ」

 イトがそう言えば、リリルは少しホッとした表情になった。

 「あの、私の宝石人形がすみません……」

 リリルは今度はリドの方に謝る。

 「大丈夫ですよ。あの、僕、リド・ルーネスと言います。この子はアクロアイトの宝石人形、イトです」

 「私はリリル・オーゴです。こっちはクリソベリルキャッツアイの宝石人形のクリソスです」

 「あぁ、キャッツアイの宝石人形だったんだ」

 リドがもう一度クリソスの方を見れば、クリソスはまろやかな輝きを宿した猫のような目を少し細めて笑った。


 午前中は、生徒と宝石人形の自己紹介をしたり、先生から良き宝石人形師についてや、宝石人形との信頼関係の築きかたといったありがたい話を長時間、聞かせてくれた。途中でクリソスは眠そうにしていて、リリルが何度もクリソスの肩を揺らして起こしていた。

 そして午後は、宝石人形の浄化……手入れの仕方を教わる。

 リドたち新入生は、校内で一番大規模な講堂へと移動した。教壇には先生の他に、宝石人形が眠る館の職員が数名、上級生が数名いた。

 「あれ? あの金髪の人、昨日中庭で会った……」

 リドは上級生の中から、昨日中庭で会った三年生を見つけた。隣にはあの煌めく青い髪と瞳を持つ宝石人形が立っている。

 「え!? ルーネスさん、シンシア・ジアルド様に会ったの!?」

 リリルが驚いた顔でリドの方を見た。

 「シンシア・ジアルド……様?」

 「え、知らない? シンシア・ジアルド様はこの学校で一番優秀な生徒として有名なのよ。パートナーであるサファイアの宝石人形、サフィロスをいろんな色で輝かせることができる超天才宝石人形師!」

 リリルはキラキラした瞳で熱く語る。

 「そうなんだ……すごい人だったんだ」

 「そうよ。シンシア様は素晴らしい方なの。こんな話があってね……」

 シンシアがいかに素晴らしい人なのか、リリルの熱い説明をしばらく聞かされるリドであった。

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