【KAC20253】銀色の妖精

阿々 亜

銀色の妖精

『えーと……妖精?』


 司会のベテランタレントがかなり困った顔をでそう聞いた。


『ハイ、妖精デス』


 彼女、 アニール・シーグは真顔でそう答えた。


『出身はアイルランドで……』

『ハイ』

『アイドルになるために日本に来た……』

『ハイ』

『で、妖精……』

『ハイ』


 いや、属性盛りすぎだろ!!

 無数のモニターが並ぶ調整室で、俺は心の中で全力でつっこんだ。

 いや、たしかに昔からいるよ。

 ナントカ星から来たとか、カントカランドのお姫様とか、そういう天然不思議系設定のアイドル。

 だけど、キミ、キャラが全然あってねーよ!!

 俺は改めて彼女の容姿を見た。


 年齢は20歳前後(西洋人なので俺たちの感覚より多少ずれているかもしれないが)、月光を浴びたように輝く銀色の長い髪、切れ長の目、すっと細く伸びた鼻、色の薄い唇。

 一目で受ける印象は「天然」ではなく「知的」であり、その容姿は「可愛い」ではなく「美しい」だった。


「テレビデ、日本ノアイドルヲ見テトテモ好キニナリマシタ。特ニ彼女タチノ首ガ素敵デス」


 言うことはちゃんと不思議系だな……

 いやいや、やっぱりしっくりこない。

 この見た目だったら余計なこと言わなくていいし、もしある程度歌が上手いんだったら、アイドルっていうより歌姫ディーヴァ系で売った方が売れるだろ!?


「えー、はい、ということで、ステージの方が準備できたようですので、アニールさんに歌って頂きましょう。アニール・シーグさんで、Amhrán na Síogアフローン・ナ・シーグ


 メインモニターの映像が切り替わり、ステージに立つアニールが映し出される。

 俺は全く期待していなかった。

 こんな変な売り出し方をするということは、歌唱力は大したことはないだろうと。

 だが……

 それは、まるで魔法のようだった。

 いや、もはや呪いと言ってもいいかもしれない。

 まるで彼女の歌声を聞いた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような……

 そんな強烈なイメージを俺の頭の中に叩き込んできた。

 なんだ、これは!?

 俺は混乱しながらも、彼女の正体を知りたくなった。

 調整室を飛び出し、彼女が歌っているスタジオに走った。

 歌はもうサビに入っている。

 スタジオはどこか別の次元――異世界に入れ替わったかのような錯覚を覚える。

 そして、彼女の姿はまるで深い森の奥で妖精が歌っているかのようだった。

 妖精だ……

 本当に妖精だ……

 完全に心を彼女に取り込まれてしまい、気が付くといつの間に歌が終わっていた。

 見回すと、俺以外のスタッフや出演者たちも同じように惚けていた。

 数十秒遅れでフロアディレクターが進行の合図を送り、司会が次の演者に話を振った。

 次は週間ヒットチャートナンバーワンの新進気鋭のバンドグループだったが、もう俺の中でそいつらは眼中になかった。

 俺の頭の中はアニール・シーグのことでいっぱいだった。

 欲しい……

 手に入れたい……

 俺のモノにしたい……

 そんな欲望がとめどなく湧いてくる。

 俺はスマホでアニール・シーグがどこの事務所だったかを調べる。

 マイナーだがよく知っているところだった。

 何度か口利きをして、ここの社長には貸しがある。

 俺はすぐに電話をかけた。


「あ、どもー。オクトテレビの葉月ですー。ご無沙汰ー。今、お宅の新人見たんだけどー。いやー、いいねー、彼女ー。よく見つけてきたねー。さすがだよー。でさー、俺、彼女ガンガン押していきたいと思ってるんだわー。それで物は相談なんだけどー……」




 翌日の夜。

 俺は局の近くのホテルの一室に宿泊していた。

 指定した時間がきて、部屋の呼び鈴が鳴る。

 俺ははやる心を押さえながら、扉を開ける。

 そこにはアニール・シーグが立っていた。

 俺は満面の笑みで彼女を部屋に招き入れようとするが、一つ妙なことに気付いた。

 彼女の手荷物がバケツだったのだ。

 そして、その中身は赤黒い液体だった。

 俺が怪訝に思っていると、次の瞬間彼女はバケツに入った液体を俺に浴びせてきた。

 鉄のような生臭い臭いが鼻をつき、俺はその液体が血であることに気付いた。


 この女ーっ!!


 頭に血が上った俺は、アニールを部屋に引きずり込んで、鍵を閉め、押し倒して首を絞めた。


 天下のオクトテレビの重役の俺に!!

 傷はつけないつもりだったが、もう許さねー!!


 首を絞めている手にさらに力を込める。

 が、次の瞬間、アニールの首はまるで粘土細工のように千切れてしまった。

 彼女の頭がゴロゴロと転がっていく。


 え? え、え? え、え、え?


 俺は混乱する。


 そんなバカな!?

 首が千切れるほどの力なんて入れてない!!

 いや、そもそもそんな力、俺にない!!


「イケマセン……」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。

 理解するのに時間がかかったが、声は千切れた頭からだった。

 俺が怯えて飛びのくと、今度は残された胴体の方が何事もなかったかのように立ち上がった。


「アイドルノ体に傷ヲ付ケルナンテ……」


 胴体はゆっくりと頭を拾い上げて、俺の方に顔を向ける。


「世間ハ許シテクレマセンヨ……」


 千切れた頭は確かに喋っていた。

 俺は恐れおののいて問う。


「なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!? なんなんだ、お前は!?」


 アニールの体は空いている方の手を俺に向ける。

 すると、俺の体に纏わりついていた血液が生き物のように動き出し、宙を飛んでアニールの手に集まっていく。


「私、番組デ言イマシタ……」


 血液は剣の形に変わっていく。


「妖精ダト……」


 アニールは剣を横一線に凪いだ。

 次の瞬間、視界がぐるりと反転し、ホテルの床が眼前に迫っ



 銀色の妖精 完




【デュラハン】

 に伝わる首無しの騎乗者。

 頭部のない胴体の姿で、生きたように馬に乗り、首級を手に持つか胸元に抱えている。

 死を迎える者の家の前に立ち、バケツに入った血をその者に浴びせる。

 悪しきの一種である。

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