地球が終わる夜に。
平椋
地球が終わる夜に。
——地球が終わる。
朝、テレビをつければその話題で全てのチャンネルは占領されていた。
窓から日差しがカーテン越しに差し込んでちゅんちゅんと雀が平和な朝の始まりを知らせていた。
そのニュースによれば地球はあと2日の命らしい。
19年という時間にしてみれば途方もない時間を生きてきて、これからもその何倍もの時間を生きるのだろうと自然とそう思っていた。だか、そんな事はなくあとたった48時間で全てが終わりを迎えると言う。
別に信じない訳ではないがあまりにも唐突すぎではないだろうか。寝ぼけた頭が未だ夢と現実の区別を区別できていないのではなかろうか。その証拠に今日という朝は日常漫画のように平和だ。
ニュースの解説を聞くに、地球の終わりは事実で、ほぼ確実だと言う。それでも、おれはなぜか冷静で今から立ち上がって何かしようと言う気にはなれなかった。
チャンネルはそのままでリモコンを置き小さなテレビの前に座り込んだ。なんとなくこの先のことを考えてみる。
地球が終わるのは事実。なら、終活をした方がいいのだろう。おれだって死ぬのはいやだ。だけど、駄々をこねていったて時間を浪費するだけ、その行動は残り48時間のタイムリミットにとる行動ではないとわかる。
さて、何をしようか。
自分が将来死ぬ時やろうとしていた事はある。それは自分のお金を全て使い果たす事だ。それで、何に使おうか。真剣に考えては見るものの、こう言う時に限っていい案は出てこない。おれの貯金は決して少ない訳ではない、かと言って一学生の貯金。家や車が買えるほどでもない。
何を買おうか。
一気に全てを使い切る?それとも欲しいものを一つ一つ買っていく?
欲しいものはあったはずなのに、何故か今はそれほど欲しいと感じない。使えるお金は十分あるのにこの期に及んでもまだ、そのお金で買うものに意味を求めてしまう。
結局何に使うのか決まらないまま数時間を過ごした。埒が開かないから、外に出てとりあえず何かを買おう。
先ほどまでの番組は終わって次の番組が始まっていた。ここでも話題は変わらない。
外は人で溢れかえっていた。
そりゃそうか、地球が終わるまであと45時間。各々好きなことをして過ごしたいに決まってる。だから、ほんの数時間前とは違う景観になってることにも何の疑問もない。誰か好き勝手に暴れたいと思った人がいたのだろう。平和な朝だと思っていたがこの景色を見て一気に現実味が出てきた。まさに終末だ。
近くのコンビニに向かう道中色々な人を見た。それはもう色々。好き勝手に、思うがままに、本能のままに、体が動く通りに。
コンビニに着いた。自動ドアが開き中に入る。品棚にはいくつか不自然に抜けている品があるものの、誰一人それを不思議に思う人はいない。というか人そのものがいない。レジにも品棚の前にも誰一人いない。まぁ、呑気に仕事を全うする人なんている訳ないか。
今気づいたが、とするとお金は誰に渡せばいいのだろう。商品を買うためにはお金がいる。たが、今はその仕事を全うする人はいない。商品を勝手に取ったって誰も咎めないし、誰も自分を悪だとは思はないのだろう。今この世界はお金の概念が消えたのだ。
とりあえずお菓子の棚に足を運んで、ハイチュウ1つを手に取りその場でパッケージを開けて中の小包も開く。その細長いチューブ状の物体を口へと放り込んだ。どうやらミカンのようだ。甘みの強いその味だけど、柑橘系の匂いが確かにした。酸味というかなんというか、確かな酸っぱさがおれの口内に染みる。意味はないと分かっていても、レジの前にハイチュウの代金を置いた。
お金が無意味だと分かった今、おれは家から出てきた目的を失った。ここで呆けていても、時間の無駄。行くあてもないので家に帰るとする。
玄関のドアを開けて中に入る。ワンルームの狭い部屋は何も変わっていない。ここで泥棒に入られていたら、なんて少し期待していたんだけどな。
家に帰ってきてもやる事はない。時計を見れば14時をすぎている。そういえば朝飯を食っていなかった。その瞬間、おれのお腹から呑気な音が部屋に響く。どうせなら豪華な飯を食いたいところだが、今の状況じゃどこかに行っても誰も作ってはくれはしないだろう。仕方がないので、自分で作る。おれにどれほどのものが作れるのがはわからないが、こういうのもまた一興だろう。
冷蔵庫を開けて片っ端から食材を出す。うちの冷蔵庫は気が利かない。こんな時だっていうのに入っているものは少なく、カレーを作るのがやっとというところだ。もっともカレールーがあればの話だが。
幸い、ルーはあったのでカレーを作ることにする。カレーなんてレシピを見ずにでも作れる。こだわってしまうとひたすら鍋と向き合っていないとダメだから、今回はシンプルに作った。
とてもうまい訳でも不味い訳でもなく、普通の味だった。腹を満たして、満腹になって眠気がやってきた。その眠気に従うままに寝転がって目を閉じた。
目を開ければあたりは暗くなっていた。近くに置いてあったスマホを起動して時刻を見てみる。20時半をすぎている。結構の時間を寝て過ごしてしまった。時刻的には夕食の時間だか、腹は空いていない。テレビをつけてみるがざーと砂嵐の画面が映るだけ。聞くに耐えないその音が嫌になったのでテレビを消した。ついにやることを失ったおれはスマホを起動。ニュースアプリを起動させてみるが、最新のニュースは今朝の『地球が終わる』というものから更新は止まっている。
次にゲームアプリを起動してしばらくは遊んでいたがついにそれも飽きてしまった。SNSを開けばそこではさまざまな文章がうるさく載っている。もう何をやっても誰も咎めるものはいない。だから好き勝手に過ごして、それをこうして誰かに共有している。少々感心しながらも誰かの知らない人生の最後の1シーンを見ていた。
すると突然スマホの光が消えた。
充電切れ……。
充電する気もおきないのでその場にスマホを置いた。
おれはいったい何がやりたいんだろう。人生残りわずかだと言うのに、おれが今日した事はいつもと何一つ変わらない普通のことだった。
もっとやりたい事はもっとあったはずなのに。
最後くらい特別な何かがあってもいいと思う。
例えばそうだな。
勉強をしようか。残り1日でどこまでやれるかわからないし、無意味だけどそれも面白いかも。
彼女を作る。手当たり次第告白しまくって最高の思い出をつくるのもいい。
いっそ、犯罪に手を染めようか。禁止されていたことをやる快感はきっと気持ちがいいだろう。
思いついたことをいくつも挙げてはみたが、体は動かずに未だ腰を上げてはいない。時計の針は午前2時を指していた。全て止まったこの世界で唯一時計の針だけが止まらずにその仕事を全うしている。それは嬉しいと感じると同時に悲しくもある。あの針が進むにつれてこの世界の終わりも歩みを寄せてくる。いっそあの時計の針を止めて仕舞えば、世界は終わらずに済むのだろうか、そんな無意味なことを考えている間に短針は3へ、3から4へ、4から5へと着実に残りの時間を減らしていった。
朝が来た。残り1日。
昨日お風呂に入っていないと気づいたので、朝風呂をしようと思う。何気におれは朝風呂は初めての経験だ。熱い湯船にその身を任せた。ざーと満杯に張ったお湯はおれの体積分のお湯を溢れさせる。温度は42度と少々熱めだが、これが今はちょうどいい。
さっぱりした気分で冷蔵庫にあった牛乳を一気飲み。なんともいい気分だ。それでもこれが、最初で最後。
髪は乾かさずに服だけ着替えてテレビの前に座った。さて、何をやろうか。結局昨日はやることが決まらなかった。今日こそは何か、やりたい今日だからこそ、世界があと1日だからこそのことを。自分にとって特別なこととはなんなのか。迷った挙句に冷蔵庫に余っていた卵とベーコンで目玉焼きを作った。いつものおれなら醤油をかけるところだが、今日は特別に胡椒をかけてもいい。それともケチャプか。いやここは未知の領域、何もなしでいこうか。
箸でパクりと一口。うん、卵の味だ。何もかけていないのだから何かの調味料の味がする訳でもなく。ただただ知る卵の味。でも、これも悪くはなかった。中途半端な満足感を飲み込んだ。
昼になった。家にあったいつ買ったのかもわからない難しそうな本を読んでみる。文章の羅列は見てるとどうも眠くなる。それでも普段読まないのだから、特別なこととして本を最後まで読み切った。ああ、いいものだったな。一冊だけだったが、読んでみると世界が違って見える。
時刻は18時すぎ。本に夢中になっていたせいであたりの暗さに気づけなかった。地球が終わるまで12時間と言ったところか。
48時間もあった時間は4分の1になった。焦りはあった。こんなことでよかったのか、と。いまや今までしてきた満腹感はどこにもなくただただ空虚だった。
夕食をつくろう。無理矢理にでも腹に入れれば満腹にはなる。レトルト食品ならあるだろう。
だけどその前に風にあたろう。1日ぶりの外。都心だというのにあたりには灯ひとつない。街灯もあるにはあるが仕事放棄中だ。
少し歩こう。ガラスの破片。ゴミ袋の中身、舗装されていた道路にはそんなものが数多く転がっている。人の数ももうまばらで、都心とは思えない。
ふと、空を見上げてみた。空には輝く星々。それは、それはもう綺麗だった。ここでこんなものが見えるとは思ってもみなかった。おれは19年間テレビの中でしか星を見たことなかったことに気がついた。
なんて表現したらいいのかわからないけど。そうだな、これで世界が終わってしまってもいいとさえ思うぐらいにそれは綺麗だった。
地球が終わる夜に。 平椋 @kangaeruhito
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