第9話 永麻とオレ

中庭に着いた頃には、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。

木々の間から漏れる光が、永麻の髪を淡く照らしていた。


ベンチに座る彼女が、オレに気づいて小さく手を振る。


「ケタル、来てくれてありがとう。」


「……うん。急にどうしたの?」


聞きながらも、オレの中ではさっきの美土の声がまだ響いていた。

だけど、それとは別に、永麻の存在が目の前にある――それも、事実だった。


永麻は、ベンチから立ち上がり、オレの前に立った。


「前にさ、気づいてたんだよ。

ケタルが私のこと、少し特別に見てくれてるって。」


ドキッとした。


「でも、そのことにちゃんと向き合わなかったの、私の方なんだ。」


永麻は少しだけ寂しそうに笑った。


「…ごめんね。期待させたり、はっきりしなかったり。

でも、ずっと考えてたんだ。」


オレは黙って聞いていた。

美土とは違う、静かな緊張が中庭に漂っていた。


「ケタルが他の誰かに気持ちを向けたら、って考えたとき、

自分でもびっくりするくらい、胸が痛くなってさ。」


永麻は一歩近づいて、オレの顔をまっすぐ見つめた。


「だから、今日伝えに来たの。――私も、ケタルのことが好き。」


その言葉は、まるでガラス細工みたいに繊細で、けれど強い芯があった。


「ずっと前から気になってた。でも、やっと気づけたの。

“この気持ちが本物なんだ”って。」


ふわりと風が吹いた。

髪が揺れて、秋の香りが少しだけ鼻をかすめた。


「答えはすぐじゃなくていい。でも、ちゃんと知りたかった。

私のこと、どう思ってる?」


――その瞬間、オレは答えを求められていた。


さっき、美土に告白されて、

今、永麻に告白されて――


オレの心は、もう逃げられないところまで来ていた。


どちらも、大切な人。

でも、“好き”はひとりしか選べない。

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