第6話 美土の気持ち

美土はしばらく何も言わなかった。

ただ、まっすぐにオレを見つめて、少しだけ目を細めた。


「そうなんだ。紫原のこと、そんなふうに思ってたんだね。」


穏やかな声だったけど、胸の奥がギュッと締めつけられるような気がした。

美土の顔から笑顔が消えていたら、たぶん心が折れていた。

でも、美土は…やっぱり笑っていた。


「安心したよ。ケタルが自分の気持ちに正直になれたことが、なんか嬉しい。」


え…?


「たしかに、紫原のこと、前はちょっと気になってた。でも、それって"好き"ってほどじゃなかったんだと思う。ケタルが悩むほどの気持ちじゃなかったよ。」


胸の奥にあった重たい石が、ふっと軽くなる音がした気がした。


「だから、ケタルは遠慮なんてしなくていいよ。」


美土はニカッと笑って、背中をぽん、と叩いた。


「…それに、オレも本当の気持ち、ちゃんと話す番だと思ってたんだ。」


その言葉に、今度はオレが少し緊張した。

でも、美土はそのまま歩き出し、夕焼けの道を照らしながら、こう言った。


「オレが好きなのは、紫原じゃなくて――」


一歩、二歩、美土が前を歩いていく。

夕焼けが、背中をオレンジ色に染めていた。


その背中が、ふと止まった。


振り返らずに、美土が言った。


「――ケタルだよ。」


……え?

何かの聞き間違いかと思った。


「えっ……オレ?」


ようやく声が出たとき、美土はゆっくり振り向いて、優しい目でこっちを見ていた。

その目が、真剣で、ふざけてる感じなんて1ミリもなかった。


「たぶん、ずっと前から好きだったんだと思う。ケタルが誰かを好きになるんじゃないかって考えるたびに、胸がモヤモヤしてた。」


「紫原のことを見てるケタルの横顔を見たとき、ちゃんと気づいた。……ああ、オレ、ケタルのことが好きなんだって。」


風が吹いた。

木の葉がカサカサと音を立てて、まるでこの静寂を包み込むようだった。


オレは何も言えなかった。

ただ、胸の奥が今までにないほど、ドクンと鳴った。


「変かな、オレ……」と美土が少しうつむいたとき、

オレは反射的に言っていた。


「変じゃない。全然……変じゃないよ。」


言いながら、自分の頬が熱くなるのを感じた。

まさか、こんな形で返されるなんて――思ってもみなかった。


「なあ、美土……オレたち、どうなるんだろうな。」


そう言うと、美土はニッと笑って、ポケットに手を突っ込みながら言った。


「さあ。でも、なんか面白くなってきた気がする。」


そして、二人で歩き出した。


夕焼けの帰り道を、少しだけ距離を縮めながら――。


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