フェアリー・ブレッドと復讐のジャム《KAC20253:妖精》

ひより那

フェアリー・ブレッドと復讐のジャム

やっほー! あたし、リリィ! 森の奥に住んでる、ちっちゃな妖精だよ。手のひらサイズで蝶々みたいな羽があるの。キラキラの鱗粉? もちろん出しちゃうよ! 花から花へひらひら~って飛ぶのがあたしのお仕事。


……って、ただ可愛いだけの妖精だと思ったら大間違いだよ? あたし、ちょっとだけイジワルなんだから!


 だってさー、人間ってマジで自分勝手すぎない?


 森をドカドカ汚したり、可愛いお花をブチッて踏んづけたり、あまつさえ、あたしたちの貴重な妖精の粉を盗もうとするヤツもいるんだよ!? もー、ぜーったい許せないっ!


 だからね、ちょっとだけ、お仕置きしちゃうの。


 例えばー、意地悪な人間の靴紐をこっそーり結んでコケさせちゃったり? ピクニックのお弁当に蟻さんをたーくさん招待したり? あとあと~、お気に入りの白いシャツを黄色くしちゃったこともあったっけ!


 えへへ、人間たちが「キャー!」とか「うわー!」って困ってる顔、サイコーに面白いんだよね!


 ……って、こんなこと言ってると性格悪い妖精って思われちゃう? まあ、否定はしないけど!


 でもね、そんなあたしにも、最近、ちょっと困ったことができたの。


 それはね、人間の村に新しくできたパン屋さん、「グーチョキパーパン」のせい!


 もうね、あそこのパン、めっちゃいい匂いなの! 毎日毎日、焼きたての甘~い香りが森の中までプンプン漂ってくるんだよ? 妖精だってお腹空くんだから!


 最初はね、あたしも興味津々だったの。「どれどれ~?」って感じでお店を覗いてみたんだ。そしたらもうビックリ仰天! パンの種類がすっごくたくさんあるの! チョココロネにクリームパン、メロンパンんにー……あと、妖精の粉をまぶしたみたいなキラッキラの「フェアリー・ブレッド」なんてのもあってもうヨダレが止まんなーい! って感じだったんだけど。


 でもねでもね! このパン屋の店主、グーチョキパーって言うんだけど、コイツがマジでサイテーなヤツなの!


 グーチョキパーは村の出身じゃないんだって。どこからかフラ~っとやってきた流れ者のパン職人らしいんだけどさ、とにかく態度がデカいの! 村の人たちにはニコニコ愛想振りまいてるけど、あたしみたいな妖精には超上から目線!


「おい、チビ! そこでウロウロすんな! 邪魔だ、どっか行け!」


 とか、


「妖精の粉なんてただの迷信だろ? そんなもんパンに入れたら不衛生だって怒られんだよ!」


 とか、言いたい放題!

 ちょっと失礼すぎない!? あたしたちの粉は最高級の魔法の粉なんだからね! パンに入れたらすっごく美味しくなるし、食べた人はちょっぴり幸せな気分になれるんだから!


 それにね、グーチョキパーは、森の木を勝手にバンバン切っちゃうし、川の水もジャージャー汚すし、もう、やりたい放題! 我慢の限界! 絶対に絶対に許せないっ!


 ってことで、あたし、決めたんだ! グーチョキパーに思いっきり「ざまぁ」な目に遭わせてやるって!


 でも、いい案が浮かばないの……。


 そこで、あたしは森の奥~の方に住んでるモルガナおばあちゃんのところへ相談に行くことにしたんだ。おばあちゃんは人間で言うと、えーっと100歳?いや、もっと上かな? ま、とにかくすっごいおばあちゃんなの。でも、魔女だから、見た目は意外と若いっていうか年齢不詳? 長い白髪を三つ編みにしてて、いつも怪しげな色の薬草をグツグツ煮込んでるんだ。


「おや、リリィじゃないか。どうしたんだいそんなに血相変えて」


 モルガナおばあちゃんは、あたしを見るなりニヤ~って笑った。さすがおばあちゃん、何でもお見通し!

 あたしはグーチョキパーの悪行をモルガナおばあちゃんにぜーんぶ話したの。もうありったけ!


「なるほどねぇ、そいつは相当なワルだねぇ~」


 モルガナおばあちゃんは顎に手を当ててブツブツ考え始めた。


「よしリリィ、お前にとっておきの魔法のジャムをあげよう」


「魔法のジャム?」

「そうさ。このジャムはね、食べた人間の心の奥底にある一番イヤ~な部分をグーンと増幅させる効果があるんだ」

「えーっとつまりは?」

「つまり、そいつを今より、もーっともっともっと嫌なヤツにしてやるってことさ! ククク」


 モルガナおばあちゃんはめっちゃ悪い顔で笑った。ちょっと怖いけど頼りになる!


「でも、おばあちゃん、それって大丈夫なの?」

「心配ないさ。このジャムの効果は一時的なものだ。それに、最後にはちゃんと元に戻る。まあそいつが自分のしたことに気づいて反省すればの話だけどね…」


 あたしはモルガナおばあちゃんから小さな瓶に入ったドス黒いジャムを受け取った。なんか、見るからにヤバそうな色してるんだけど。


「ありがと、おばあちゃん! これ、どうやって使えばいいの?」

「簡単さ。そいつの食べ物にこっそり混ぜるだけ。ただし、効果は絶大だからくれぐれも使いすぎには注意するんだよ」


「うん、分かった!」


 あたしは、ジャムをギュッと握りしめてグーチョキパーパンに向かった。お店は今日も大繁盛。村人たちがパンを求めて長蛇の列を作ってる。……ったくグーチョキパーめ、調子に乗っちゃって!


 あたしは妖精の力で、こーっそりお店の裏口に回り込んだの。

 しめしめ、あったあった! グーチョキパーの愛車(チャリ)!


 あたしは自転車のカゴに入ってた、パンに魔法のジャムをたーっぷり塗ってやったの。

 フッフッフー、これで明日の朝、グーチョキパーはとんでもないことになっちゃうぞー!


 次の日、あたしはドキドキしながらグーチョキパーパンの様子を見に行ったの。そしたらもうビックリ! お店の中、めちゃくちゃ! グーチョキパーはいつも以上にガミガミ怒鳴りまくってる!


「おいアルバイト! パンが焦げてるじゃないか! こんなの商品にならねーだろ! 給料から引いとくからな!」

「おいそこのデブ! レジ打ち遅えんだよ! もっとテキパキ動けねーのか!」

「……ったく、使えねー奴らばっかりだ!」


 グーチョキパーは、従業員さんたちには、もう鬼みたいに怒鳴り散らしてお客さんには横柄な態度。見てるこっちがハラハラしちゃう!


「うわー効いてる効いてる!」


 あたしは思わずニヤニヤしちゃった。してやったり! でもね、数日後、グーチョキパーパンは閉店しちゃったの!


 グーチョキパーの、あまりの酷いパワハラ&モラハラに従業員さんたちは、みーんな辞めちゃったんだって。で、お客さんもさすがに愛想尽かしちゃって誰も来なくなっちゃったんだってさ。


「ざまぁみろ!」


 あたしは心の中でそう呟いた。……ちょっとだけスッキリした。


 でも……何だか後味が悪いっていうか。グーチョキパーは確かに嫌なヤツだったけど、ここまで落ちぶれちゃうとさすがにね。


 そんなある日、あたしは森の中でグーチョキパーを見かけたの。

 グーチョキパーは一人、ポツンと地面に座り込んで、ボーッと空を見上げてた。その姿はもうすっかり……なんていうか哀れだった。


「グーチョキパー……」


 あたしは思わず声をかけちゃった。グーチョキパーはビクッとしてあたしを見た。


「お前、あの時の妖精……」

「パン、美味しかったよ」


 あたしは精一杯そう言った。だって本当に美味しかったんだもん。

 グーチョキパーは目をパチパチさせてた。


「お前、俺のこと恨んでるんじゃないのか?」

「最初はすっごくムカついたし恨んでた。でも、もういいの」


 あたしはグーチョキパーにモルガナおばあちゃんの魔法のジャムのことを正直に話した。


「ごめんなさい。あたし、ひどいことしちゃった」


 あたしは涙がポロポロこぼれてきちゃった。

 グーチョキパーは、しばらく黙ってたけど、やがて、ゆっくりと口を開いた。


「俺も悪かった」


 グーチョキパーは、自分のしたことをちゃんと反省してた。そして、これまでのこと、全部あたしに謝ってくれた。


「実は俺……パン作り、全然好きじゃなかったんだ」


 グーチョキパーはポツリポツリと話し始めた。


「親父がパン職人で……俺も……跡を継げってうるさくて。でも……俺にはパン作りの才能なんてこれっぽっちもなかった」


 グーチョキパーはパン作りが嫌で嫌で仕方なかったんだって。でも、親の期待に応えなきゃって無理してパン職人になったんだってさ。


「だからいつもイライラして周りの人に八つ当たりしてた。……本当にごめん」


 グーチョキパーはボロボロ涙を流しながらそう言った。

 あたしはグーチョキパーの言葉を聞いて胸がギュッてなった。彼も、彼なりに苦しんでたんだね。


「グーチョキパー……もう一度、パン、焼いてみたら?」


 あたしは思い切ってそう言ってみた。


「え?」

「今度は誰かのためじゃなくて自分のために自分の好きなパンを作ってみたら、どうかな?」


 グーチョキパーはしばらく考え込んでた。でも、やがて力強く頷いた。


「ああやってみる! もう一度だけ」


 数日後、グーチョキパーは小さーなパン屋さんを再開したの。

 今度の店は、前みたいに派手な飾り付けとか全然ないんだけど、木の温もりがあってとっても可愛い感じ。


 グーチョキパーはニコニコしながらパンを焼いてた。その顔は、前とは全然違ってすっごく穏やかだった。


 そして、グーチョキパーの焼くパンは、前よりも、ずーっとずーっと美味しくなってたの!


「あれ? このパン」


 あたしはパンにキラキラ光る粉がちょっぴりまぶされてるのに気づいた。


「ああ、それ? 妖精の粉だよ。お前たちに感謝の気持ちを込めて」


 グーチョキパーは照れくさそうに頭をポリポリ掻いた。


 あたしはパンを一口食べた。


 ……美味しい!


 このパンは、きっと世界で一番美味しいパンだよ! だってグーチョキパーの優しさと感謝の気持ちがたーっぷり詰まってるんだもん!


 あたしはグーチョキパーや森の仲間たちと、これからもずーっと仲良く暮らしていきたいな。


 なんて柄にもないこと思っちゃった! 

 えへへ、たまには、こういうのも、悪くないよね?

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