彼女は描き続ける
野林緑里
第1話
彼女はいつも机の上でなにかを描き続けていた。
特にだれかと話をするわけでもなく黙々とキャンパスに描き続ける姿が人によっては気色悪く見えるし、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
だから彼女に話しかけるような人間はほとんどない。
でも何を描いているのか気になる。
だからといって覗くことなどできない。見るなと常に規制線を張っていて近づけないのだ。
何日も何日も描いてようやく描き終えたのか。ふいに彼女は立ち上がった。
キャンパスを手に取ると満足げに微笑んでいる。
その横顔をみた僕はなぜか見とてしまった。
目を輝かせながらキャンパスを見つめる彼女の姿がまるで妖精のように神秘性を帯びていたのだ。
そんな彼女をみれば見るほどに僕の胸が高鳴っていく。
目を離すことができず、ただ彼女の横顔を追いかけている僕がいる。
さて彼女は何を描いたのだろうか。
僕はようやく彼女に話しかけることを決意した。
「なにをそんなに一生懸命に描いたんだい?」
僕が話しかけると彼女ははっとしたように振り返る。
僕と目があった瞬間に彼女の手からキャンパスが落ちた。
「あっごめん。驚かせてしまったね」
「いいえ。こちらこそすみません」
彼女の声がものすごくかわいい。
僕は床に落ちたキャンパスを拾い、彼女へ渡した。
「ありがとう」
しばらく沈黙が走る。
「えっとその見ますか?」
「いいのか?」
「構いません。やっと描けたんですもの。せっかくだから見てください」
「ありがとう」
僕は彼女の描いていた絵を見る。
「おおお。すごくいいね!」
僕はその絵をみて感嘆した。
率直な感想を述べると彼女は満面の笑みを浮かべながら「有難うございます」と応える。
「この絵、今後のコンクールに出品予定なんです」
「そっか。賞が取れるといいね」
「はい! いつか個展を開くのが渡しの夢なんです。だから今度のコンクールでいい評価をもらったならもっとすてきな絵を描けるきっかけになると思います」
「もし個展が開かれるようになったときは教えてよ。必ず見に行くから」
僕の言葉に彼女は目を見開いた。
あれ?
そんなに意外だったのだろうかと僕は急に不安を覚えた。
「はい! 先輩に来てもらえるとものすごくうれしいです! ぜったいに先輩を超える絵を描きますから!」
「言ったなあ。楽しみにしてるぞ。じゃあな」
僕は彼女に名を振ると美術室を出る。扉を閉める前に再び振り返ると彼女はすでに次の作品を描くべくしてキャンパスに向かい合っている。
その傍らにはさっき描き終えた妖精の絵が置かれていた。
それから数年後彼女は個展を開くことになった。
もちろん僕は約束通り個展へ出向く。
そこに描かれる数々の妖精の絵を観ながら彼女の妖精のように美しい横顔を思い浮かべていた。
彼女は描き続ける 野林緑里 @gswolf0718
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