迷い惑わしのフェアトレード



――ココロ モヤモヤ してる朝でも 気分を塗り替え、出発進行!!


ガッ!!


ドンドンドン!


――おい隣の禅林寺!うるせーぞ!!手鞠より先に俺を起こすな!


セットした時刻通りにアラームを鳴らしたスマホを壁に投げつけてからしばらくして、わたしはようやく目を覚ました。時刻は午前6時。

ベッドから降り、寝ぼけ眼で伸びをすると、床が見えなくなって久しいワンルームの光景が広がる。


わたしら禅林寺紅葉。17歳。アデューラフードサービスのアルバイト勤務、時給は四桁。寮住まい。高校卒業程度認定試験をパスして実質高卒、なんやかんやで、親元を離れてここに暮らしている。


目を半開きのまま散らかり放題の床から拾い出したレトルトカレーを、次に備え付けの冷蔵庫から一昨日炊いたカピカピのごはんを、一緒に電子レンジに放り込み、浴室に向かう。


わたしの仕事はカフェの店員。それなりに人前に出る仕事。ゴミ屋敷から引き摺り出された人状態で客の前に出るわけにはいかない。シャワーを浴びて意識を覚醒させ、気持ちを切り替える。


鏡を見ながら、身繕いを整える。客はこうやって毎朝整えている清潔感のある格好は全てスルー、代わりに気にするのは袖についた埃やパン屑ばかり、つくづく嫌になる。


「何やってんの?スイッチ入れてないじゃん…」


電子レンジの中のレトルトカレーはそのままだった。仕方なく床からハサミを拾い出し、そのままパッケージを開け、冷えたご飯にレトルトのカレーをまぶした。


6時25分

ハサミをモノの中に投げ戻し、朝食を終え、冷え切った胃を抱えて出勤の支度をする。食事中に汚れるといけないから、という理由で着替えを後回しにしているせいで、下着からその上の服からリュックに詰める持ち物まで、身繕い以外の全ては5分以内に済ませる。洗い物は帰ってからでも構わない。


6時30分

寮を出発した


――さぁ 急げ 俺たちのエクスパレス!

ゴー マイウェイ 乗り過ごしに ご注意GATA GOTO 光る瞳に〜🎵


ドンドンドン!


――おい!目覚ましスマホのスヌーズくらい止めてから部屋を出ろこのBitch!


起き抜けに壁に放り投げたきりのスマホに出勤は阻まれた。


改めて、わたしは6時33分に寮を出た。

今日は店を開ける準備は自分以外だ。多少遅くなっても問題はない


カフェ「六方」名前に反して、経営しているのはアデューラ法律事務所。そのアデューらも本業は法律事務所なのに飲食店やショッピングモールも経営しているというわけのわからない会社になっている。



「で、開店準備。まだ終わってないの?」


昨日の閉店時より明らかに雑然となった店内で、黒髪のロングヘアーとアンダーリム眼鏡というキャッチーな女が困ったような笑顔で立っていた。


コイツは八甲田枯葉。高校と大学に満額で通ってて弁護士のバッジをつけている。くせにどういうわけかカフェの仕事ができない。世間的に見ればメリハリのあるスタイルもこんな調子では喫茶店の制服を着たひょうたんでしかない。


「枯葉さん、ちょっと先にお手洗いに行っていて」


こうやってアテにならない同僚のおかげで、いまや一瞬席を外した隙に開店準備の全てを終わらせるのはお手のもの。


「いやー最近ずーっと開店準備を任せちゃって悪いですねー」

「…まさかとは思うけど、わざとやってる?」


そんな枯葉の本業は弁護士。毎朝仕事を求めて弁護士会館へと旅立っていくのだ。



「店の制服の上にロングコートだけ羽織って弁護士会にいくのは露出狂みたいだからやめて。それも枯葉は見られることじゃなく、コートの中身で人の目を汚して喜ぶSの方の露出狂に見えるから」


死んだ人間ばかりのカフェにも、少しくらいはドラマがあるのだ。

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