妖精
緋西 皐
妖精
私はひょっとしたら勇者になれたかもしれない。誰もが羨む名誉と生甲斐を謳歌していたかもしれない。それも森のざわめきばかりが目立つようになったこの数年でそういった夢も潰えてしまった。私はこの狭いか広いかもわからぬ、見るべき木すらありもしない森でくたびれていた。
今の話は到底時が止まってしまって、口も同じくなるので、昔の話をする。その昔というのもいい話があればこうなっていないのだから悲惨であるが、それくらいしか話すべくもない。あれは私にまだ妖精がいた頃の話だ。
一か月五百ルピーの小さな部屋の、隣を車が通るところで私は下宿していた。親のあるかないかもわからぬお金で毎日物の学と暇をつぶしていた。そのときは某魔王の魔の火炎が肺を脅かしていたゆえ、学問の余った時間は多かった。その全てはやはり一人の時間であるゆえに、またお金もそれほどないので、私は金のかからない文を書き始めた。どう書いたらいいかわからないままに、勢い任せに最初の二千文字ほどを書いた。どこか溜まっていたものがスッキリした感覚になった。
私はやはり若かったのだろう。身体が軽かった。きっとあれは妖精のせいだ。私はそこに妖精を見つけた。妖精が手招きして空を駆け抜けるように空白にあるべき道を私にみせて、私はその通りに正しいと思ったままに書き記した。妖精は笑っていた。私も嬉しかった。
けれど私はその果てに時間の渦に飲み込まれた。妖精は私を誑かし、その渦の中へ追い込んだのだ。少々憎かった。それも妖精は幻想的に夢想的に私へ嘘をついて誤魔化してみせた。私はそれに気づいていながらも快楽から逆らえなかった。
そのまま私は妖精を追い、追い続け、いつの間にか妖精を見失った。その空白をどれほど見回しても妖精はいない。その空白をどれほど埋めても妖精は現れなかった。私は行く先を見失ったのだ。
気づけば森の中。どこにも行けずに日の歩くところを眺めているだけになった。私はどうすればいい。
この気持ちは、このどうしようもない満たされない気持ちは、仮に誰かに褒められれでもすれば無くなるというのか。それじゃまるで子供みたいだ。なら筆を喉に詰まらせて窒息死でもしてしまおうか。鳴きもせず泣き止まない胃の内側に文を書いても、何も満たされないのはわかりきっているのに。
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