妖精のおじさんと僕
鴻 黑挐(おおとり くろな)
第1話
「おじさんはね、妖精さんなんだよ」
僕に話しかけてきたおじさんは、妖精の羽根を背負っていた。小さい女の子がつけるようなキラキラの羽根を、ハーネスの背中に接着して。
「妖精?」
ピーターパンみたいな服を着たデブのおじさんが、公園で一人ブランコに座っている小学生に話しかけている。どう見ても怪しい人だ。
「うん。おじさんは妖精だからね。空も飛べるよ」
おじさんは小さなボトルに入ったラメパウダーを取り出し、周りに振りまいた。まだ何も聞いてないんだけど。
「フン!ホッ!」
おじさんが全力でジャンプしている。着地するたびに砂ぼこりとラメパウダーが飛び散る。
「飛んでなくない?」
「ハア、ハア……えっ?」
「飛行じゃないじゃん。
『飛んでる』っていうより『跳んでる』って感じだ。むっちゃ息切れしているおじさんにこんな事を言うのはアレだけど。
「てか、おじさんはなんの妖精なの?」
「え……。いや、そのー……」
おじさんが泣きそうな顔になる。なんかかわいそうになってきた。
「妖精になりたいんだったらさ。まずはコンセプトとか固めた方がいいんじゃない?」
「そ、それは……」
おじさんが空を見上げる。鳥も飛行機もいないのに。
「おじさん、病気になってね。お仕事辞めちゃったんだ」
「ふーん」
「だからおじさんは今、何者にもなれていない」
「それで妖精になってるの?」
「うん……」
僕からはおじさんの表情は見えないけど、なんだか寂しそうだった。
「その羽根、どうしたの?」
「姪っ子が昔使ってたのを、ちょっとね」
「ドロボーじゃない?」
「家の押し入れに入ってたものだし……。姪っ子ももう、高校生だから」
「ふーん」
おじさんは空を見上げている。雲しかない空を。
「なりたいんだ、何かに……」
おじさんがなんて言ったのか、はっきりとは聞こえなかった。パトカーのサイレンが近づいてきたから。
おじさんはパトカーに乗せられて、お巡りさんと一緒にどこかに行ってしまった。おじさんの短パンはお尻のところが破けて、パンツが見えていた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
お巡りさんが僕の背中をなでてくれる。でも僕は、本当に背中をなでてあげなきゃいけないのは、おじさんだと思った。
妖精のおじさんと僕 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona
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