幸福妖精さんの雑仕事

日和崎よしな

幸福妖精さんの雑仕事

 ぼくは福の神の御遣みつかいをやっている幸福妖精。


 たいていの妖精は会話はできるけど理屈が通じないおバカさんだから、ぼくみたいに神様に使役される妖精は超エリートなんだ。


 金色のキラキラドレスとチョウのような優雅な羽が、いかにもって感じでしょ?


 まあ厳密には、神様に使役される天使様に使役されているから、御遣いの御遣いなんだけどね。


 ぼくは御遣いになったから、神通力が少しだけ使えるんだ。一日一回、誰か一人を選んで幸運を与え、幸せにするのがぼくのお仕事。


 今日もはりきって仕事をしよう!


「さーて、今日は誰に幸運を与えようかなぁ。そうだ、コイツにしよう!」


 ぼくが目をつけたのは、大通りの歩道を歩いている二人組の男子大学生の片割れ。

 髪型がツーブロックだからツーブロ君と名づけよう。


 ぼくは彼の正面に飛んでいって両手をかざす。

 もちろん、彼らからはぼくのことは見えていない。


「ん~~~、ん~~~」


 飛びながらだから、なかなか狙いが定まらない。隣の奴が邪魔だ。


 隣のチリチリパーマの奴……えっと、チリパー……チリチリ……うん、モンジャ君にしよう。モンジャ君が邪魔だ。


 ちょっと離れてくれないかなぁ。


 あー、面倒くさくなってきた。ええい、サービスで二人まとめて運気を上げちゃえ!


「ん~~~~~~、ホイッ!!」


 よし、これで今日のノルマ達成。


 暇だからツーブロ君とモンジャ君の様子でも観察しようかな。


 本当は余暇の時間は人間にイタズラをして過ごしたいんだけど、福の神の御遣いが人を不幸にするようなことはするなって釘を刺されているから、本当に暇なんだよねぇ。


 このまえなんて、線路の上にちょっと大きめの石を置くイタズラをしたら、めっちゃくちゃ怒られたし……。


 というわけで、人間観察に興じることにしよう!


 ぼくは耳をそばだてながら、ツーブロ君とモンジャ君が並んで歩くうしろをゆっくりとついていく。


「なあ、宝くじ買おうぜ。今日は当たる気がするんだよ」


 おお! それを言い出したのはモンジャ君のほう。モンジャ君の第六感はすごいね。

 いま宝くじを買いに行けば一等が当たるよ。ツーブロ君が、だけどね。


「ああ、いいよ。行こう」


 二人は最寄もよりの宝くじ売り場へと歩いていく。


 そんななか、ツーブロ君がふと何かを思い出したように上着のポケットからスマホを取り出した。


「そういえば今日は新しいイベントが来る日だった」


「イベント? ああ、偉人ウォーズとかいうソシャゲね」


「ガチャ引かなきゃ」


 ああああああ! それはよくない!


 宝くじの前に確率イベントを挟んだら、そこで運を使っちゃうよ!


 そんなぼくの心の叫びが彼に届くことはない。


 ちなみに、ぼくが声を出してもそれが彼らに届くことはない。


 ぼくの祈りも虚しく、ツーブロ君はソシャゲのガチャを引いた。


「お? お、お、おおっ……! 来たっ! 最強忍者ハットリの降臨、キタァアアアア! 当たった! 最初の10連で当たっちゃったよ!」


「おう、それはよかったな」


 あーあ。運、使っちゃった……。


 でもモンジャ君はよかったね。相対的にモンジャ君の運が上回ったから、宝くじを買ったらモンジャ君のほうが一等当たるよ。


「着いたぞ。あれ? 財布どこにしまったっけ? おまえ、先に買ってていいよ」


 モンジャ君が黒いリュックを地面に置いて中をガサゴソやっている間に、ツーブロ君が尻ポケットから財布を取り出して売り場に向かう。


「10枚、バラで。……あ、あー、ちょっと待った。さっき10連で当たったしなぁ。縁起がいいから連番にしよう。すんません、やっぱ連番で!」


 ツーブロ君が宝くじを受け取ったところでモンジャ君が駆け寄ってきた。


「おまえ連番にしたの? じゃあ俺はバラにしよっと。すんません、俺は10枚をバラで」


 よかったね、モンジャ君。その10枚の中に一等の当たりがあるよ。


 ツーブロ君は残念。でも大丈夫。君も一万円は当たってるから。


「幸福妖精さん、精が出ますね」


「えぇっ!? ああ、ビックリしたぁ~! 運命妖精さんじゃないですか。一瞬、人間から呼びかけられたのかと思いましたよ」


 ぼくに声をかけてきたのは、運命の神の御遣いをやっている運命妖精さんだった。

 ぼくの隣に並んで二人組の男子大学生をまじまじと見ている。


 青いドレスを着こなし、トンボのようなシャープな四枚羽をせわしなく動かす様は、いつ見ても凛々しい。


 ぼくが彼の顔を見ていると、めったに見開かれることのない糸目がパカッとなる瞬間を目撃してしまった。


「あら、あららららら! 幸福妖精さん、やってしまいましたね!」


「え、何をです?」


 見開かれた小さい目がこちらに向けられる。彼、四白眼だからちょっと怖い。


「面倒だからって、二人まとめて運気を上げちゃったんじゃないですか?」


「そうですね。何かまずかったですか?」


 四白眼が大学生の方に向いたので心がちょっと落ち着いた。


「マズいですよぉ! 私、あの二人の運命を視たんです。本来、あっちのほうの子――」


「そっちはツーブロ君ですね」


「ツーブロ君のほうが宝くじで一等を当てるはずでしたよね?」


「ええ、そうですね」


 また四白眼がこっちを向いた。怖い。


 アヒル口で対抗できるか?


「ツーブロ君が一等を当てた場合、彼は投資信託で安定的な報酬が得られるようになってFIREファイヤーするはずでした」


「はあ、そうなんですか……」


 FIREっていうのは「Financial Independence, Retire Early」の略で、経済的な自立を達成して早期に退職することだよ。

 要するに、働かなくても生きていけるようになるってことだね。


「それを逃したのは、もう一人の――」


「モンジャ君ですね」


「モンジャ君の運気も上がっていたからで、彼が一等を当てることになってしまいました。彼の運気が上がっていなければ、ガチャで使った運を差し引いてもツーブロ君が一等を当てるはずでした」


「そうですね。でもぼくが誰かに幸福をもたらすことには変わりないじゃないですか」


 運命妖精さんが首を横に振る。首を振っている間も四白眼がじっとこっちを見つめているから余計に怖い。


「それがそうでもないんですよ。モンジャ君は一等を当てることで金遣いが荒くなって、将来、高くなった生活水準を落とせなくて破産してしまうんです」


「そ、それって……幸福妖精のぼくが人を不幸にしてしまったってことですか?」


「そうです。やっちゃいましたねぇ。自分の役割と反対のことを引き起こしたら、でかいペナルティーが待っていますよ。まあ、ペナルティーはモンジャ君が破産したときでしょうから、まだしばらく先の話になりますが」


 ようやく四白眼が糸目の向こうに引っ込んだ。


 ふぅ……って、安心してる場合じゃない!


「ペナルティーなんて嫌です! こうなったら、自分の運気を上げてペナルティーを回避する未来を引き寄せます!」


 ノルマは一日に一回、人間一人に福をもたらすこと。


 でも、その神通力はいくらでも使える。


「あ、待って。幸福妖精さん、それはやめたほうが――」


「ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!!」


「あー、やっちゃいましたね。神通力の私的乱用は罰が増えるんですよ。使った数だけ倍々に増えます。二倍、四倍、八倍、十六倍と等比級数的に。モンジャ君の件とまとめてになるとは思いますが」


「え、そうなんですか? じゃあもっと運気を上げなきゃ。ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!!」


「あー、ダメだこりゃ。さようならー」


 運命妖精さんはふたたび開眼して逃げるように去っていった。


「はい。さようなら、運命妖精さん。ん~~~~~~、ホイッ!!」


 忠告ありがとう、運命妖精さん。


 モンジャ君が破産するまではまだ数年あるから、たくさん対策できそうでよかった。


「ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!! ん~~~~~~、ホイッ!!」



   〈了〉

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