僕のブギーポップ
磐長怜(いわなが れい)
僕のブギーポップ
まるで【ブギーポップ】だと思った。渡辺のことだ。さして広くもない図書室、今もいつもの場所で本を読んでいるであろう渡辺は本の虫だ。
体格がいいわけでもない、むしろ華奢だ。無駄口もたたかない。教室でも朝から本を読んでいる。それでも何かをまとっているように、渡辺が誰かにいじめられることはなかった。渡辺と僕との間には、いつも沢山の本があるようで、それも悪くはないと思うまでに少し時間がかかった。
現代文だけは何もしなくても点数が取れた僕は、文字があればポップだろうが中吊り広告だろうが目が追ってしまう中毒者であった。でもそんなものは渡辺の前では吹けば飛ぶような薄っぺらいもので、気が乗らなければ漫画に傾倒することもある僕に比べて、渡辺の読書量は圧倒的だった。当然、現代文の試験も渡辺のほうがよかった。
この学校の図書室は、カーペットの色が変わるくらい西陽が射しこむ。東側からは、西側の人間が黒く見える。メインストリートは目に悪い。ふと横に逸れて文庫本コーナーの奥、机のならんでいるところで一番本に近い席が渡辺の気に入りだ。
僕はというと、本を開くとその場で立ったまま読み終えてしまうから迷惑な奴である。僕からすれば「そうであるから仕方ない」のだが、周りの覚えは当然良くない。というわけで、定位置の渡辺の方に寄って、「なんか最近いい本あった?」と聞いてから読むのに適した場所を探すことにした。僕が聞くとき、渡辺は必ず何かのタイトルを答えた。僕がさっきまで読んでいた、色の変わった角川スニーカー文庫もそれの一つだ。ずいぶん前の本だ。
ブギーポップはある意味正義であり、自然発生する。そして世界の敵をしれっと倒すのだ。渡辺が本を読んでいるときは、それだと思う。それが当然みたいな自然な顔をして、人間を超越している。特別何か目立つわけじゃない、でもなにか、本を読む振りをして渡辺はブギーポップになってるんじゃないのか。そんな風に思えることがあった。
僕は多分、ブギーポップを見かけてるだけのモブ、あるいは「○○の場合」とか書かれてしまうくらいがせいぜいだろう。図書館の中のメインストリートに射す陽と影の境界線に「世界の敵」はいて、渡辺は知らずにそれを倒している。似合いだと思う。本人に言っても芳しい答えは返らないだろう。でも、僕にとっての渡辺はどうしたって「それ」で、別に迷惑をかけるわけでなし、いいかと思う。僕のブギーポップは今日も定位置で本を読んでいる。
僕のブギーポップ 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya
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