第4話 自分で言ってよ
早く夜にならないかなと考えていると、太陽の沈むのが心なしか遅くなったように感じる。
退屈だ。すみかは今日はどこかに出かけてるみたいだから、話すこともできないし。もっとも、親のいるリビングではすみかは良い子を装っているから、手を繋いだりとかは当然叶わない。お母さんやお父さんのいる前でこそっと恥ずかしいことを言ってくることも、滅多にない。たまにしか使わない必殺技みたいに考えてるのかもしれない。
洗い物を手伝ったりテレビを見たりして時間を潰す。結局すみかが帰ってきたのは夜ご飯の直前だった。
寝る準備を全部済ませてしまって、すみかが先に寝そべっていたベッドに入ろうと足を伸ばしたところでハッとした。私、今普通にすみかと一緒に寝ようとしてる!?
はたと気づいて静止した私の姿を、すみかが見逃してくれるはずもなく。
「
「えっと……」
上手い言い訳がないかと考えていると、すかさずすみかが追求してきた。
「ずいぶん積極的だね。今日は私、誘ってないのに自分から一緒に寝ようとするなんて」
「ちがう! これはその、無意識だから! 習慣、みたいになっちゃって……」
「2回しか一緒に寝てないのに習慣になるって、なかなかないよ」
「……」
「そんなに強烈だった?」
もっとしたかった、とか、ゾクゾクした、とか、そういう自分の感じていたよくない気持ちを言葉にするのはとてつもなく恥ずかしい。
ふるふる首をふる。とにかく否定の意を示す。なんのためにそうしているのか、最早私には分からない。自分を成立させるための否定。形だけでも否定していれば、それだけで自分は保てる。それくらい薄っぺらい、訳のわからないものが私だった。
でも、こうやって攻められてばっかではちょっと、フェアじゃないよね。だから私は考えた。自分の負うダメージを最小限に、けれどすみかに与えるインパクトは最大限になるような一手。
「……すみかは」
「ん?」
いざ、勝負。ふうと息を吐いてから、私はおもむろに口を開く。
「すみかは、どうだったの?昨日の夜、手を繋いだ時」
渾身の右ストレート。今の私が繰り出せる、最大火力のカウンター。自分がどう感じたか言葉にさせられる恥ずかしさを、とくと味わうんだな、すみか!
けれど、期待に反してすみかの返答はごくあっさりしたもので。
「楽しかったよ」
「ふぇ?」
「久しぶりに会った従姉妹と、仲良くなれて」
んん!!なんか違うよ!うまく交わされた感じ!!
「ねぇ、もっと、仲良くなろうよ」
「それ、どういう……」
「そのままの意味だけど?」
もっと仲良くなろ? なんて、よく真顔で言えるなぁと感心する。
「からかったりしないから、さ」
そう言うとすみかは、『おいで』と言うふうに、声を出さず口だけを動かした。
眠いから。早く寝たいから。そんな感じで適当に自分に言い訳をして、ベッドに滑り込む。
今日は何をくれるんだろう。
朝から膨らみ続けていた淡い期待が、今、最高潮に達して弾けようとしていた。
でも。
「あ」
思わず声が出る。最悪なことを思い出してしまった。
「すみか、私明日は部活だからさ、早く寝ないと……」
「あぁ、大会があるんでしょ、バレー部」
「うん、そう。って、なんで知ってるの、すみか」
すみかの表情に、一瞬だけ焦りが滲んだ。けれどそれはすぐに消え去ってしまって、余裕のあるいつものすみかの表情で上書きされる。
「七海のお母さんが教えてくれたの。七海はバレー部で夏休みの平日はほぼ練習があるって」
「あぁ、それで」
でも、大会があるのはお母さんに伝えてない、はずだ。あれ、言ってたっけ?
「じゃあさ、今日は何もしないで寝よっか」
「えぇー」
「残念そうだね、七海」
「全然残念じゃない、よ?」
言葉と表情が全く一致していないのが、自分でも手に取るように分かる。それは当然、すみかにも気づかれてて。
「何かしたいなら、七海が自分で言ってよ」
自分で、かぁ。すみかに導かれるままの方が、私としては気が楽なのに。けれど、そればっかりだとなんか、人として堕落してしまいそうだから。ちょっと勇気を出すことにした。顔が熱くなるけど気にしない。
「昨日と同じやつがいい。……手、繋いでほしい」
「んー?」
「なに……?」
「本当に、それだけでいいの?」
「当たり前じゃん……」
語尾が弱すぎて掠れてしまう。
「すみかがそうしたいなら、いいよ。繋いであげる。でも、それ以外のこともして欲しそうだったからさ」
「それ以外のことって、何……」
「ん?従姉妹同士がしそうなことだよ」
「そもそも手を繋いで寝るのって、従姉妹同士がしそうなことの範疇に、入るのかな」
「入るよ。普通だよ。それに……」
「それに?」
「私たち、どっちも女の子だし」
「……そだね」
すみかがもし男の子だったら。私は考えてみる。手を繋いで寝たりするのかな。
でも、すみかと手を繋いだり、隣で一緒に寝たりするのは、恥ずかしくて、無性にどきどきしてしまうけれど、それを求めてしまうような魅力がある る。それだけは、確か。男とか女とかは、よく分からない。
私はすみかにそれを正直に言うことにした。
「わかんないよ。男の子とか、女の子とか」
帰ってきたのは、意外な返事。
「実は私も、分からないんだよね。男に対してはどんな気持ちになって、じゃあ女に対してはどうなのか、とか」
「へぇ、すみかもなんだ」
「私が本音言うのって、結構珍しいよ?」
「確かに……」
そんな気はする。
何年も連れ添ったわけでは全然ないんだけど、普段のすみかは本音を隠してる、と言うよりも自分の感じてることをあんまり言わない節があるような気がする。
だからすみかが自分の考えていることを、それも、分からない、というどちらかといえばネガティブな気持ちを共有してくれたのは珍しくて、そして嬉しい。もっともっと、すみかが気軽にいろんなことを話せるような私になりたい。
「じゃ、今日は七海のお望み通り」
そう言ってすみかが手を上に挙げる。
「手、繋いであげよう」
私も手を天井の方にやって、なんの躊躇いもなく、すみかと指を絡める。
甘い充足感が体全体に広がった。このままどっぷりと浸かっていたい。
「七海、手繋いだだけで気持ちよさそうだね」
「……悪い?」
「ぜーんぜん」
すみかが首を振る。「気持ちいいは、気持ちいいのまま、受け取ればいいんだよ」
「その言い方、ちょっとやばいよ……」
「でもさ、手を繋ぎたいって言ったのは七海なんだから、これだけじゃ物足りないなんて言わないでね?」
「言わないし!」
もしかしてすみか、私のことを欲望モンスターか何かだと思ってる??
人間の片手に指が五本あって、それぞれが別れて生えているのは、こうやって指と指の間を絡め合わせて手を繋ぐためなんじゃないかな。
そう思ってしまうほど、今のこの状態は心地よかった。
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