妖精酒場へいらっしゃい

シンカー・ワン

妖精バーメイド計画

「ちょっとそこ行くお嬢さん」

 毎度おなじみ迷宮保有都市バロゥ。

 休日の昼下がり、冒険者街を散策していた忍びクノイチへと声がかけられた。

 呼びかけられた方を見やれば、通り向こうの仕立て屋の店先で、最近見知りとなった人物が、にこやかな笑みを浮かべ手なんか振っている。

 高い位置で結わいても、腰まで届く絹のごとき御髪みぐしは陽の光で白銀にきらめき、透き通るような白い肌をしたかんばせにはスッと通った鼻梁に桜色の頬、水晶の瞳と薄紅色の艶やかな唇。

 地上の美を集め人型にした存在、氷雪妖精フローズンエルフ

 バロゥ女性冒険者の顔役、乙女の座ユングフラウ その人。

 忍びが属する一党パーティ頭目リーダーである女魔法使いねぇさんとは懇意の仲……らしいので、無碍には出来ない。

 とは言うものの、格の違いとか得体の知れなさとかで、正直あまり付き合いたくはない対象。

 会釈して立ち去ろうとしたが、チョイチョイと手招きされてしまっては素通りできるはずもなし。

 招かれるまま通りを横断して、彼女の元へと赴く忍び。

 とは言え、なんと言葉をかければよいか悩み、

「先日はごちそうになりました――」

 キッチリと一礼をして、当たり障りのない挨拶で茶を濁す。

「あー、そんなにかしこまらなくっていいから。もっと気さくに、ね?」

 天女のような笑みを浮かべて、鈴の転がる声音で乙女の座。

「……って言っても、あなたの気質じゃ難しいか?」

 窮している忍びを見つめ、浮かべていた笑みが少し曇る。

 乙女の座の言葉に忍びは答えられず、いったん視線を外し見つめ直す。

 初めて会った薄闇のなかでも鮮やかだった美貌。

 陽光の下で改めて目にすると、どんなに美辞麗句を並べようが正確に伝えることは叶わないだろうと悟った。

 ――これが、妖精族エルフ

 感嘆しつつ、忍びは知りうる限りを思い浮かべる。

 神代のころから存在し、近代では五百年ほどまでになったが、旧時代までは不死とも呼ばれていた長命種にして不老の代名詞。

 古種ゆえに魔法力や奇跡への親和性が高く、いにしえの大魔導士や大司教には妖精族が多い。

 同じ古種の洞人族ドワーフとは相性が良くないらしいが、仲良くケンカする程度の仲。

 外見上の特徴は細長い笹の葉状の耳。――エルフイヤーは地獄耳と言われるほどの聴力があるとかなんとか。

 そして老若男女まとめて眉目秀麗。とにかく美しい。

 基本的に痩身であるが、女性の場合は凹凸が極端な体型をしている者も多々。目の前にいるのがわかり易い例。

 生息域で体毛や体色に違いがあり、北方高所は薄く、南方低所は濃い傾向。

 目前の乙女の座は北方高所系の代表格である氷雪妖精。髪も肌も白い。

 仲間の熱帯妖精トロピカルエルフは名の通り南方低所系で、赤茶で褐色。

 森林妖精フォレストエルフ草原妖精メドゥエルフは緑色系で薄橙、水辺妖精アクアエルフは青で白だったか。

 ……そう言えば熱帯妖精あいつも、顔立ちは整っているよなぁ。美しいとか感じたことがないのは、中身を知っているからだな。

 刹那の思索が脱線したところで、改めて自身の前に立つ現実に向き合う。

 目にしたときから覚えていた違和感を口にする。

「お言葉に甘えさせてもらうが……その装いは?」

 忍びの問いかけを受け止める間を置いて、乙女の座は自らを見渡す。

 一見、上流階級の屋敷に仕える女使用人の服装に似ていたが、足首まで覆うはずのスカートは大胆に省略され太腿の中ほどまでしかなく、足のあげ方や見る角度次第では下穿きが見えてしまいそうなくらいに短かった。

言外に「破廉恥ではないのだろうか?」と訴える忍びの心境に反し、

「あぁ、これね。今度開く酒場で使おうと思ってる、制服の試作よ」

 ケラケラと笑いながら語る乙女の座。

「こう……ね、使用人にかしずかれたいって好き者、結構居るのよ。で、そういう層を狙った酒場を作れば当たるんじゃないかって」

 もたれていた店の壁から離れ、見せびらかすようにその場でクルリと回る乙女の座。翻るスカートの裾から覗く肉付きの良い太腿は煽情的で、同性の忍びでも魅入られかける。

 返ってきた斜め上の答えに呆然とする忍びへ、ずいと顔を寄せて乙女の座が言う。

「それでね、接客係バーメイドは皆妖精族エルフにしようかなって。あたしみたいに半分引退した冒険者や、現役でも仕事の合間に小銭稼ぎしたいとか案外居るから」

 確かに。冒険者に妖精族は多いし、全員に毎日仕事があるでもない。とは言っても……。

 あまりに突然で予想外の話に、思考が定まらずの忍びへ、畳みかけてくる乙女の座。

「あなた呼び止めたのも、仲間の熱帯妖精あのこに勤めてもらいたいなって思ってね。もちろん青の魔女には話し通すけど、前もって伝えといて欲しいんだ」

 それはそれは楽しげに話す乙女座。

 下世話な話なのに、美貌は輝きを失わらずむしろ増しているようにも忍びには思えた。

「じゃ、お願いね~」

「……はぁ」

 話は終わったと促されるまま場を去る忍び。足つきはどことなくおぼついていなかった。


「――という訳だ。確かに伝えたぞ」

「なんだよ~それ?」

 夜の定宿いつもの四人部屋。昼間託された酒場給仕の話を熱帯妖精へと伝える忍び。

 居合わせている女魔法使いは乾いた笑みを浮かべ、女僧侶尼さんは興味深げに、

「……その給仕服、見てみたいですねぇ」

 などと口走る。

」と聞こえたのは、いくら何でも尼さんに失礼だなと思いつつ、いやまさかなと考えてしまうのは……乙女の座にからかと、忍びは頭を振る。

「あのひとらしい、ですね……」

 ねぇさんの嘆息が聞こえた。


 しばらくののち、バロゥ冒険者用歓楽街の一角に、乙女の座が経営する『妖精酒場エルフバーアルビオン』が開業した。

 冒険者のみならず、バロゥ一般市民や近郊の好事家スキモノたちが足しげく通い、それはそれは繁盛しているという。


「さ、言ってごらんなさい。『いらっしゃいませ、御主人様』」

 圧の強い笑顔で乙女の座がのたまう。  

「い、いらっしゃいましぇごしゅじんしゃま……。が~っ、ウチには無理だあぁ」

 くだんの給仕服に身を包んだ熱帯妖精が、自らが発した言葉に火を吹き出しそうな赤面となり、スカートの裾をつかんで少しでも丈を延ばそうとする。

 いつも着ている局所鎧ローカルアーマーの方が露出は多いだろうに、なにが恥ずかしいんだかと思う忍び。

 さすがに全裸に近い恰好で街中を抜けた経験を持つつわもの。

「……付け耳をすればあるいは」

「バカなことは考えない」

 給仕服を手に取り穴が開くほど見つめ、ぼそりとつぶやく尼さんに、サクッとくぎを刺すねぇさん。

 妖精酒場従業員控室で、こんなやりとりがあったという。

 熱帯妖精がフロアに立ったのかは……定かではない。

 

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