俺の妖精王は儚げで美しい。だけど少しだけ鈍い
奇蹟あい
妖精についての考察
「おはよう。セナは妖精って見たことある?」
「おっはよう~。急にどうしたの? すっごいめずらしいじゃない! 私が起こしに来る前にケントが朝起きているなんて!」
もしかして、私のほうが起こしにくる時間を間違ったのかな?
ケントの部屋の掛け時計(私が一目惚れして買って、ケントの部屋に置いたゼンマイ仕掛けの鳩時計)に視線を向ける。
ちょうど午前9時だ。
と、その時ゼンマイが作動し、鳩が勢いよく飛び出して鳴きだした。
「鳩うるさっ!」
この鳩時計ねー、デザインはかわいいんだけど、鳴き声が爆音過ぎて、音量調整もできないし、毎日聞いていたら頭おかしくなるわ。
ん~でも9時かあ。毎週土曜日に起こしにきている時間だよね。
普段のケントなら、「もう朝? 学校が休みの日くらいゆっくり寝かせてよ」って布団の中から出てこないはずなのに。
「今日はちょっと……そう! 妖精の研究をまとめないといけなくてね」
「妖精? 急にどうしたの? 学校でそんな課題出てなかったよね?」
学校のクラスも同じなんだから、ケントに出されている課題なら、私にも同じものが出ているはずだし。それにしても、妖精の研究って何?
「あれだよ、自主課題ってやつだよ……。今日中にレポートをまとめないといけないから忙しいんだ」
ケントは、明後日の方を向いて、鼻の頭をポリポリと掻いた。
自主課題ねぇ。
ケントって相変わらずウソが下手だよね~。
昔からずっとそう。
ウソを吐く時は決まって鼻の頭を掻く。
それも決まって、すぐバレるようなウソばっかりだ。
この間も、放課後にミスドの前を通った時、私が「今日はドーナツが食べたい気分だ~」って言ったら、鼻の頭を掻きながら「奇遇だね。俺もちょうどドーナツ食べたいって思ってたんだよ」だってさ。揚げ物なんて好きじゃないくせにね。ウソがバレバレ。
案の定、お店に入ってもカフェオレしか注文しないんだから。
「ドーナツ食べたい気分だったんじゃないの?」ってちょっとイジワルで訊いてみたら、また鼻の頭を掻きながら「セナが食べているのを見るだけで、俺の胸もお腹もいっぱいさ」だって。何をちょっとカッコつけた言い方してるんだか。うまくもないし、そういうセリフはぜんぜん似合わないよ?
「それで? 自主課題の妖精の研究って何? それって私の誕生日会よりも重要なことなの?」
そう、実は今日は普通の土曜日ではないんだよね。
私の誕生日……に1番近い休日!
ホントの誕生日は平日のど真ん中だけど、さすがに平日にお祝いするのは大変だから、誕生日に近い土日に祝うのが、私とケントの家の恒例行事なのだ。
「そういうわけじゃなくて……」
もごもご。
はは~ん? これは何か隠していますね?
何を隠してやがるんだい? この名探偵セナが見事暴いてごらんに入れましょう♪
「さっき『妖精を見たことがあるか?』なんて訊いてきたけれど、妖精についてのアンケートでも取っているのかな?」
「そうそう、妖精について調べているんだよ。セナは『妖精』って聞いて何を思い浮かべる?」
「見たことがあるか」という質問から、「何を思い浮かべるか」に変化したね。
ん~、ケントは何を隠しているんだろうね。
「妖精かあ。やっぱりピーターパンに出てくるティンカーベルとかかな?」
月並みだけど、パッと思いつくのは小さくて、羽が生えていて、魔法が使えるフェアリーだよね。
「ティンカーベルね。妖精の王道だね。世界中で知らない人はいないメジャー妖精だ。俺も妖精と言えばティンカーベルのイメージが強いかな。かわいく描かれることが多いし」
ケントは顔をくしゃりとさせて笑った。けれど鼻を掻かなかった。
これはホントのことだ。
「Wikipediaによると『妖精とは、神話や伝説に登場する超自然的な存在、人間と神の中間的な存在の総称』らしい。つまり妖精は、人間ではないけれど、神でもないわけだ」
ケントがスマホの画面を見ながら1人頷いている。
「人間でも神でもないってことは、中途半端な存在ってこと?」
「俺はそうじゃないと思うな。妖精はいろいろな種類がいて、人間の味方をする妖精もいればいたずらをする妖精もいたり、文字通り敵対してくる妖精もいる。いろいろな側面を持っていて飽きないところが惹かれるポイントなんだと思う」
なぜかドヤ顔。
黒縁メガネを「クイッ」ってするな。何をカッコつけているのさ。
「イタズラっていうと、ピクシーとか? 羽は生えていないけれど、あれも妖精だよね?」
人間にイタズラをして笑っているイメージがあるかな。物を隠したりとか、
「セナはよく知っているね。妖精にはそういう側面もある。女神のように美しい姿をしていると思えば、いたずらをしてケタケタ笑う側面もあったり、そもそも人の姿をしていないポルターガイストのような超常現象を妖精に含めることもあるんだ」
「へぇ~。超常現象も妖精なんだ~!」
「人間には到底制御不能な存在だよ。だから妖精はあこがれと畏怖の象徴として描かれることが多いんじゃないかな。俺はそういうところも含めて、妖精にたまらなく惹かれるんだ。妖精って良いよね。妖精最高。俺は妖精が大好きさ」
またドヤ顔。
だからその顔は何なのさ?
まあでも、今日は新しい発見があったね。
ケントがそんなに妖精好きだなんて知らなかったし、それを知ることができて良かったかな。
おっと、スマホにメッセージが着信。
うちの父さんからだ。
「まあうん、ケントのおかげで妖精のことに詳しくなったよ。ありがとうね? で、その自主課題はいつ終わるの? 12時には誕生日会のお店を予約しちゃっているから、そろそろ車に乗らないと。父さんから『ケントたちを早く連れてきて』って催促が来ちゃってる」
「もう大丈夫だよ。自主課題は完璧さ」
「ふ~ん? それなら良いけど。じゃあもう行けるのね? ケントのお父様とお母様は大丈夫かな?」
「2人とも朝7時には準備を終えていたから大丈夫だと思う」
「相変わらず早いね。なんでケントはご両親に似なかったんだろね?」
いつも寝坊ばっかりだし。
「ほっとけ。あの2人に似ていたら、俺の身長がドワーフサイズになっちゃっていただろ。似なくて良かったんだよ」
そう言って笑いながら、イスから立ち上がるケント。
私たちは中学3年生だけど、ケントの身長はなんと180cmを超えている。ケントのご両親は2人とも150cm台だから、何が起きてこんな巨人が生まれたのか不思議でならないね。それこそ
あれは中学2年の始め頃だったかなー。ケントの身長が一気に30cmくらい伸びて、運動部からのスカウトが毎日来ていたっけ。結局ケントはどこの部活に入ることもなかったけれど。
やっぱり私に合わせて帰宅部を選んだのかな……。
もし私が「どうして帰宅部なの?」って尋ねて、「部活に入るのが面倒だから」ってケントが答えて、もし鼻を掻いたら……。
そんな罪悪感を覚えたくないから、私はそれを尋ねない。
でもきっとそうなんだろうな……。
ケントはずっと私に合わせてくれている。それこそ生まれた時からずっと。
未熟児で生まれて、ずっと体の弱かった私のことを放っておけなかったんだと思う。
ケントはやさしいから、私のことを手のかかるキョウダイみたいに思って面倒を見てくれているんだと思う。
私は今日もそのやさしさに甘えて生きている。
「あ、そうだ。セナ」
部屋を出ようとしたケントが振り返る。
「ん、どうしたの? 忘れ物?」
「忘れ物。これ、先に渡しておくわ。お誕生日おめでとう」
そう言って、学習机の隣に掛けてあった紙袋をそのまま私に渡してくる。
「ありがと。誕生日プレゼントだよね。中身は何かな? 今開けてみてもいい?」
長方形の箱にリボンのラッピングがされている。
わりと重い。
この重さからすると本かな?
「お、おう……。気に入ると良いんだけど……」
なぜか自信なさげにそわそわし出す。
「それは開けてみないとわからないな~。気に入らなかったら返品可能?」
なんて冗談を口にしつつ、ていねいにリボンをほどき、箱を開けてみた。
これは――。
「……油絵? ケントが描いたの?」
「お、おう……。ちょっと……試しに描いてみたわ」
不安げな様子で私の顔を見てくる。
「すごいね……。漫画を描くのがうまいのは知っているけど、油絵も描けるなんて知らなかったよ。とってもきれい……」
描かれていたのは宝剣を構えた麗人……じゃないわ。
背中に透き通るような羽が生えているから――。
「この絵って、もしかして妖精?」
「お、おう……。妖精王だ。かっこよく描けているかな……」
「いいじゃん。ケントはホントに妖精が好きなんだね。好きなものだからこんなに細かく描き込んで……。めっちゃ美しい妖精だと思うよ!」
それで妖精好きをアピールしていたんだね。
この絵をプレゼントしてくれるための振りかあ。
こんなに素敵な仕上がりなら、別に前振りなんていらなかったのに。
「気に入ってもらえたなら……良かった、わ」
ちょっと! なんでそこで鼻を掻くのさ?
反応に困るじゃない……。
「あれ? なんか後ろに紙が挟まってる?」
額縁の裏に……紙じゃなくてバースデーカードかな。
【ハッピーバースデー。俺の妖精王セナへ】
って、この絵のモデルって私⁉
「ちょっとこれ!」
バースデーカードを振ってみせる。
「お、おう……」
「おうじゃないよ! これって私がモデルなの⁉ それは……さすがにこれは美化しすぎじゃない? こんなにスマートじゃないし、しかも妖精王って……」
誕生日だからってヨイショしすぎでしょー。
「いや、俺の中ではいつもセナが……妖精界のNo.1だから、さ」
だからぁ! なんでそこで鼻を掻くの⁉
ハッピーエンド……?
俺の妖精王は儚げで美しい。だけど少しだけ鈍い 奇蹟あい @kobo027
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