妖精の宴【KAC20253】

冬野ゆな

第1話

 はい。確かに僕は、そいつに妖精と名付けました。

 妖精。フェアリー。

 多くの場合で羽の生えた、非常に小さな人型のことです。ぴったりな名前だと思いませんか。


 僕には昔から妖精が見えていました。

 物心つくころにはもう当然のように見えていたんです。最初は光の粒がたくさん集まっていたようでした。風に乗ってどこにでもありました。その頃の僕は、誰にでも見えているものだと思っていました。だけど、成長するにつれて誰にも見えなくなってしまうもの。まだ学校にも行かない小さな子供が、妖精がいると言っても、よくあることだと思われていました。イマジナリー・フレンドのような。きっと同じような人もいたのかもしれませんね。でも、僕は逆でした。成長するにつれて、彼らははっきりとした輪郭を持ち、人の形をとって、背中に生えた蝶や蜻蛉の羽であちこちを飛び回っていました。

 僕は彼らを妖精と呼びました。

 彼らは自分が楽しいと思ったことが大好きで、いつも僕を困らせていました。僕の髪を引っ張ったり、片方の靴下を隠したり、本に落書きをするのも彼らの仕事でした。母さんの指輪から宝石を外して隠したりしたこともね。どうして外れたのか、母さんは首を不思議そうにしていました。冷蔵庫にケチャップをばらまいたこともあったし、洗った鍋を出してきてわざと焦がしたこともあります。

 

 もちろん、人間の友達に言っても信じてもらえるわけはありません。

 親もそうです。

 彼らの悪戯が、僕のせいにされたことは何度もあります。僕は両親にとって「嘘つきで、何度叱っても懲りない子供」でした。

「妖精なんているわけないだろ」――なんてね。

 一番ひどかったのは、クラスメイトの一人に信じているふりをされたことです。

 自分の知り合いの妖精がいるからと言われておびき出されて、森の奥に連れて行かれて置き去りにされたんです。

 けれども僕には妖精の友達がたくさんいたから、すぐに街まで戻ってこれました。翌日になって「どうして置いていったの?」と聞いたら、「お前、生きてたんだ」って笑われました。僕はひどく傷つきました。

 そこからですね。妖精が見えていることは、変なことなのではないかと思ったのは。


 だから僕は、ひとつの実験を行うことにしました。

 

 最初は、非常に単純なことからはじめました。

 スイッチを押すとか、時間を見ることとか、砂糖と塩を混ぜ合わせるとか。

 彼らは熱心でした。なにしろスイッチを押せば明かりがつくことを教えれば、どうなるかわかるでしょう。

 そうした知識を吸収した第一世代が育つと、次は第二世代に入りました。今度はもう少し突っ込んだことを教えてみました。そうして第三世代、第四世代、第五世代まで、脈々と続けていきました。

 ところで――彼らには善悪の区別がありません。人間のように、「これは良いこと」「これは悪いこと」なんて区別がないんです。しないのではなくて、元から無いんですね。彼らは自分たちの好きなこと、楽しいことをしているだけです。人が困ったり、笑ったりする姿を見て楽しくなるのが仕事ですから。つまり、自分たちの仕事をまっとうしているだけなんです。それが、時に人間にとって脅威になるだけなんです。

 

 彼らの先生として、友達として。

 その存在を知らしめるために、多くのことを教えました。

 意外にも、彼らは時間をずらすことも覚えてくれました。

 彼ら自身が吹き飛んでしまっては元も子もないですし、時限式にして人が集まってくるのを楽しんでいる節がありました。僕の計画は、思ったよりも早く進んだんです。

 僕の想像と違ったのは、彼らは彼らなりのやり方を作り上げていったことです。もはや僕の力が無くても、彼らは色々なものを作り上げていったんです。

 そうして、最後に。こう聞かれたんです。


 ――ねえ。どんな場所が一番いいと思う?


 僕はにっこりと笑って言いました。

「きみたちが一番楽しいと思う場所!」

 彼らはにっこちと笑って旅立っていきました。

 目に見えない、あなたがたには触れることさえままならない、知識の結晶たちが、世界のあちこちに散らばることになったんです。

 彼らは楽しいことが好きなだけです。そこに善悪が無いだけで……。

 だから彼らの作った爆弾は、いずれこの国のそこかしこに置かれることになるでしょう。彼ら自身がもっとも楽しいと思う場所へと。


 人間たちの驚く顔を見るために。

 恐怖に歪んだ顔を見るために。

 手足が捥げ、頭が吹き飛び、泣き叫ぶ声を聞くために。


 もうすぐ、彼らは彼らの答えを見つけることでしょう。

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