いつもみたいにね

学生作家志望

おやすみ

誰もどうせ分かってくれないと諦めてしまうのはまだ早いのか。それとももう諦めて開き直れば楽になれたりするのかな。


黄色のお弁当包みを解く時間に、私はまだ家にいた。無意味であることに明かりをつける黄色。開けば、その中にはたくさんのおかずが入っていた。


私にお父さんが作ってくれた最後のお弁当。とは言っても、お弁当を包むところまでをやったのはいつも通りお母さんだ。お父さんは今日の朝、ずいぶん時間がなかったらしい。だから昨日の夜までにおかずだけを作って、今日は早朝に家を出たということだった。


私に挨拶をしてたってお母さんは言ってた。でも私はその時もぐっすりで、まったく気づかなかったなあ。必然的に、昨日の「おやすみ。」が最後の会話だった。


黒と黄色が混ざった卵焼きは、ふんわりとした食感をしていた。噛めば噛むほどに甘い味が私の口に広がっていく。1年前に帰ってきた時よりも、ぐっとおいしくなった気がする。いや、久しぶりに食べたからだよね。多分。



なんとなくカレンダーを眺める。目を向ける先に戸惑うと、いつもこうやってカレンダーの細かい数字を見るんだ。目が良くなる気がするけど、きっとそれも気のせいである。



「お父さん。今度はいつ帰ってくんのかなあ。」


別にどうでもいい、いつ帰ってきてもお父さんとは大して仲良くないんだから変わんないでしょ。



「さっさといなくなれば!お父さんなんて大っ嫌いだよ!!」



「学校に行きなさい。今日も休んだって連絡が届いたぞ。なんで行かないんだ?せめて理由を話しなさい。」



「そんなん話してもどうせわかってくんないから。無意味だから。」



私はただ、自分の世界に閉じこもっていたかった。好きなように自分らしく生きてたいだけ。そんな私にとって学校は最悪。自由はないし、自由にしていれば笑われるだけ。そんなの楽しいわけがないじゃん。


だから、抜け出した。その時からお父さんのことも世界一嫌いになった。


私の生き方は私にしかできないはず。そう信じてたからあっさり私の生き方が否定されたときは、首が絞められるみたいに息ができないほど苦しかった。

自分の作った音楽に思いを込めて、自分なりに歌っただけだよ。それなのにすぐに汚れた。ってか、汚されたんだよ。最低なクズに。


朝来たら、音楽ノートが机の中から消えていた。たった一日学校に忘れただけだったのに、その次の朝にはもう無くなっていた。なんで机の中に無いのかは考えなくてもわかった。だって同じ教室に、私の音楽ノートを見て爆笑してる人たちがいたんだ。


そっちの方は見たくなかったから見なかったけど、どう考えても馬鹿にされてた。


音楽ノートを取り返す勇気は当然無く、ただ涙目になりながら窓を見つめることしか、私にはできなかった。そうしていると、突然私の目線がどこに飛んでいるのかわからないような感覚に襲われた。


見ている世界がぐわんぐわんと回転を始めて、心臓あたりが何かで押されてるみたいに痛くなった。ぽつぽつと音を立てながら、袖を撫でる冷たい水、次の瞬間には私は学校を走り出ていた。



学校に行けない、普通でいられない、それは別に私にとって恐怖じゃなかった。むしろ、その普通ではないという認識が私の胸を落ち着かせた。


でもお父さんはその安心をなぜだか、煽ってきた。


安心の裏側を見せるかのように、いつまでもそうしていてはダメだという。どうせ何もわかっていないくせに、どうして私の安心を変えてこようとするのかな。その行動や言動に本当に意味があると思ってやっているなら、やっぱり私はおかしいと思う。


親にとっての心配が、私の心配を形成するならば、まったく意味が通ってない。邪魔なんて思わないし、感謝もしてる。



「だけど、今のお父さんのことは理解できない。」



「ごちそうさまでした。」


手を合わせるのもゆっくり丁寧に言うのもいつのまにかしなくなった。小学生の時くらいまでは、お父さんによく「感謝しなさい。」って言われてやってたっけ。単身赴任が決まった時はめっちゃ喜んだのに、なんでか事あるごとにお父さん、お父さんって、、バカみたい。


「ん?あれ、なにこれ。」



お弁当包みを広げると何かがふわっと床に落ちた。手で拾ってみるとそれが何重にも折られた紙だと分かった。包みを広げるみたく、折られた紙をゆっくり開いていくと、しばらくしてやっと中に書かれた字が見えた。



「これからもがんばるんだよ。応援してるからね!」



またあの日と同じく世界がぐわんぐわんって、揺れを始めた。でも、あの日と違って心臓が押されるような感覚はなぜだか、なかった。



「分かってるよお父さん・・・・・・。」


本当はお父さんと仲良くしたい、また一緒にご飯作りたい。いつも、いつでもゲームができるくらいの距離に、いてくれればいいのにとか、今でも本当は考えてる。


あからさまな距離が出来て、埋められそうな距離じゃなくなっちゃって、このままでいいのかなあって本当は悲しかった。


「私、最低だよ。ずっとずっと現実から逃げ出してばっかりで、心配かけたし迷惑もかけてるし。頑張る。頑張る。」


明日、頑張ってクラスに入ってみよう。もう逃げださないで強く前を向いてみることにする。お父さんもきっと私をずっと見てくれてるから。



「美味しかったよ、お父さん。いつもありがとうね。」


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