終わらぬ夜に頬を寄せて

保紫 奏杜

見えない導き

「あたし、妖精さんが見えるの」 


 前方を走る娘の後を追いながら、私はいつか聞いた言葉を思い出していた。


 娘の足は迷いを見せない。まるで見えない導きに従っているかのように、暗い路地を曲がっていく。


 簡単なはずだった。

 娘が十三歳ティーンになり、初仕事として手頃な依頼を引き受けたのだ。


 それが、この有様である。

 気付いた時にはわなめられていた。仲間の三人とは逃げる際に別れている。彼らはすでに殺されているかもしれないし、最初から裏切っていた可能性もあるだろう。共有していた逃走経路がことごとふさがれていたからだ。

 

 娘が路地壁にある扉をじ開け、私を振り返って笑った。

 追手に追われているこんな時ですら、楽しげだ。恐怖というものを何処どこかへ置いてきたように。


 建物内の階段をのぼって行き着いたのは、夜風の吹く狭い屋上だった。飛び降りて無事でいられるとは思えない。向かいの建物との間には広い車道があり、ここから繋がる逃走経路が無いことは明らかだった。


 娘に対して怒りは感じなかった。おかしな娘の後を追ったのは、この私なのだ。

 誰しもに訪れる終わりが、やって来たということなのだろう。


 追手が階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。


 諦めかけた時、突然、娘に勢いよく抱き付かれた。思わぬ事態に体勢が崩れ、背中から宙に投げ出される。


「ミ――」


 視界いっぱいに、星空が広がった。


 ああ、私もここまでか。

 だが、このぬくもりと共にけるなら悪くない――



 衝撃はすぐに訪れた。予想したよりも、ずっと小さな衝撃だった。

 わけが分からずほうける私の胸元から顔を上げた娘が、私を見下ろし可笑おかしげに笑う。


 体を起こして周囲を見回せば、エアでふくらんだ遊具らしきものに埋もれているらしい。街灯まちあかりが視界から遠ざかるように流れていくことから、どうやら走行中のトラックの荷台に落ちたようだ。偶然にしては出来過ぎている。

 

「お前が?」


 問えば、嬉しそうなうなずきがあった。


「妖精さんが教えてくれたの」


 絵空事えそらごとのような答えだ。

 だが、そんな絵空事のような能力を持っている存在を私は知っている。

 

「そうか。妖精さんがな」


 喉元から、笑いが込み上げる。

 私は甘えるように抱き付いてきた娘を抱き締め、その髪に頬を押し付けた。



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終わらぬ夜に頬を寄せて 保紫 奏杜 @hoshi117

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