どうか人助けと思って……[KAC2025-3]

咲野ひさと

折り入ってお願いしたいこと

「ご依頼内容は?」

「この男を訴えたいと考えています」

「おや、かなりの著名人ですね。ご依頼人様は先方から、どのような被害を受けたのですか?」


「弁護士先生は、この本をご存知ですか?」

「当職も七巻セットを買いましたよ。入り組んだ設定の読解に苦戦しましたが……先方の代表作であり、ファンタジーの原典のような作品ですよね」

「その作中で、我々は尊厳を大きく傷つけられました」

「では名誉棄損で提訴したい、ということですね」


「我々は古い種族で、人間との関わりも長いのです。民家の軒を借りたお礼に家事を手伝ったり、引っ越しを手伝ったりと、良き隣人のような間柄を築いていました」

「作中で語られるような邪悪な存在ではない、と」

「その通りです。悪戯したり子供を迷わせたことは認めます。でもそれは我々以外の妖精たちも同じです」

「えっ! ゴブリンって妖精だったんですか?」


「予想通りの反応でした。先生は妖精と聞いて、どういったイメージを持たれますか?」

「草で作った服を着た少女で、背中に透明なはねが生えている姿が頭に浮かびます」

「ですよね。そのイメージが強い一冊も持って来ています」


「またも不朽の名作が出ましたね。年を取らない少年と子供たちが妖精の粉で空を飛んだり、海賊と戦ったりワクワクしましたよ」

「例の妖精はピクシーと言います。本作では嫉妬深い位ですが、源流をたどると人間の赤子を偽物とすり替えるようなタチの悪さを持っています」

「……意外でした。まさか誘拐者だったとは」


「奴らの所業をとやかく言うつもりはありません。しかし昨今の作品を紐解くと、我々ゴブリンだけが特に悪しざまに描かれている」

「その原因が、最初に挙がった超大作に行き着くとおっしゃりたいと」

「ええ。火山に投棄すべきは指輪ではなく、件の本そのものであると申し上げたい」


「お言葉ですが。近年世界的ヒットした魔法学校ファンタジーにも、あなた方ゴブリンが登場していましたよ」

「額に傷のある眼鏡少年が活躍する七部作ですかね」

「あそこでのゴブリンは、狡猾ながらも悪ではなかったと記憶しております。ですから、ご依頼人様の考えすぎでは?」

「たしかにゴブリン史に残る貴重な一作です。ですが私は全体的な風潮に憂慮しています」

「なるほど」


「その作品が話題に上ったので続けましょう。主人公に協力していた、やたらと自罰的な妖精が居たかと思います。あのしもべ、原著では何と表現されていたか、ご存知ですか?」

「いえ、そこまでは」

「House elfです」

「エルフなのですね」


「本来、妖精は多岐に渡ります。我々ゴブリン、ピクシー、レプラコーン等々。エルフやドワーフも含まれておりました」

「初耳です」

「にも拘らず、エルフは美の申し子のような雰囲気で見られ……ゴブリンは悪徳の残渣のような扱いを受ける。その潮流を築いたのが――――この男なのです」


「そう言えば彼の作品のエルフは、容姿も文化も魅力的でした」

「あの一作だけに留まっていれば、私もここまで申しません。しかし我々を極端に邪悪視する作品が、今も世に出続けております。これを名誉棄損と言わずして何と言いましょう」


「ご心情、痛み入ります。ですが当職はお役に立てそうにありません。五十年以上前に亡くなった人物を相手に提訴しても、得られる物は少ないかと」

「……そうですか」

「それよりも、これからのイメージ向上に努めてはいかがでしょう? ご依頼人様は理性的な方ですし、根気強く活動すれば耳を傾ける人も出てきますよ」



 という経緯で、私はこの文章を書き起こしている。


 我々ゴブリンも誇り高き妖精。

 愚弄され続け、美談を抹消され続ける仕打ちには耐えられない。

 

 数少ない幸運は、このサイトを見つけられたことだ。

 ここなら私も創造者に語り掛けられる。


 ストーリーテラーの持つ影響力は計り知れない。

 ヒット作ともなれば、たった一冊で種族の命運が左右される。


 そうでなくても読者の先入観を上塗りするか、別の視点を見せるかで、時流に大きな差異をもたらす。

 書き手の視点に選択肢が増えれば、ゴブリンの未来が変わるのだ。


 だから可能な限り、この文章が多くの作者様の目に触れるよう、コメントやフォロー、レビューを頂戴したい。

 

 礼節に欠いたゴブリンの戯言とは思う。

 しかし我が種の興廃は、ここに有る。

 

 どうか人助けと思って、よろしくお願い申し上げ奉る。

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どうか人助けと思って……[KAC2025-3] 咲野ひさと @sakihisa

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