オアシス

九戸政景@

本文

「はあ……今日もつまらないな」



 高校の屋上の扉の陰、そこで僕は誰に言うでもなく呟く。僕の人生はモノクロの砂漠だ。中二病を気取ってるわけじゃないけれど、これといって感動出来るものもないし、心を動かされるものもなかった。だからいつも僕の人生は乾ききっていたし、色もなかった。なのでそう表現するしかないのだ。



「なにか面白いものあればいいのに……」



 呟いても答えは返ってこない。それはそうだ。誰かに言っているものではないから。そうして時間が過ぎるのを一人で待っていたその時、屋上の扉の開く音がした。



「誰だろ……昼休みにわざわざここに来るなんて」



 そんなのは僕くらいだと思っていたから正直驚きだ。その誰かは屋上に出てくるとそのまま柵へ向けて歩いていく。どうやら女子生徒らしい。少し赤みがかった短い茶髪が眩しいその子は柵に手を掛けた。



「何をする気だ……?」



 一瞬浮かんだ嫌な予感に突き動かされるように立ち上がろうとしたその時だった。



「……え」



 歌が聞こえた。それも力強くて聞いている相手の背中を押すような声の歌が。



「な、なんだこれ……!」



 体がビリビリとする。スピーカーなどを使っているわけじゃないのにその音圧は僕の内側に響いてくる程の力があり、アカペラで歌うその姿はとても勇敢な戦士を思わせるものだった。



「あ、あれ……」



 目の前がうっすら歪み、目の下がカッと熱くなる。泣いている。これまで歌を聞いたり絵を観たりしても感動したことがないのに一つまた一つと涙が溢れ、胸の奥が夏の暑さのように熱くなる。女子生徒の歌はカラカラに渇いていた心に水のように染み渡り、モノクロの砂漠は色鮮やかなオアシスへと姿を変えた。



「も、もっと……!」



 聞きたい。そんな渇望が僕の体を動かす。その歌声と歌が見せる世界で僕を満たし、僕を色付かせてくれ。ただそれだけの思いで、僕は扉の陰から駆け出してその子のところへ向かう。その足音が聞こえたのだろう。その子が歌うのを止めて僕の方を見る。



「君は……」



 驚いたような顔でその子が僕を見る。緊張で喉をゴクリと鳴らす中、僕は口を開いた。それが人を色付かせる声の持ち主である彼女と僕の初めての出会いだった。

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オアシス 九戸政景@ @2012712

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