心理学講師、かく語りき
@watashiwa-watashi
第1話 講師、はじめての春
「講師募集します。」
その文字が目に飛び込んできた瞬間、私の心臓は爆発寸前のポップコーンと化した。
「えっ?私、やりたい!」
市報をぎゅっと握りしめ、その日のうちに応募した。
そして迎えた3月2日。
私は心理学講座の講師として、ついにデビューの日を迎えた。
会場には開始1時間前に到着、机とホワイトボードの配置を調整。
心理的にも良い環境を用意したい思いで鼓動も弾む。
受講生同士、講師が斜めに接する机の角度を試行錯誤する。
パソコンとプロジェクターを合体させ、こちらの角度も微調整。
エアコンと空気清浄機を起動させ、万全の体制で受講生を待ち構えた。
12時37分、一人目の受講生が到着した。
几帳面そうなメガネをかけた細身の男性。
想像していたよりも若く、30代前半だろうか。
丁寧にリュックから筆記用具を取り出し、静かに席に着いた。
「こんにちは。本日はありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。楽しみにしていました。」
花粉の話題や、会場の場所が近いのかどうかなど、あたりさわりのない会話を交わす。
真面目で穏やかな人柄に、緊張が少し和らいだ。
二人目の受講生は、白髪交じりの優しそうな女性だった。
60代後半だろうか。
笑顔が素敵で、話しかけやすい雰囲気だ。
「心理学に興味があって、思い切って参加してみました。QRコードからの申し込みが難しかったけど、頑張って申し込みました!」
「ありがとうございます。今日は楽しんでいってくださいね。」
和やかな会話が弾み、場の空気が和んでいく。
三人目の受講生は、時間ぴったりに現れたスポーティーな男性。
50代半ばだろうか。
少しせわしない様子で、早口で話す。
「ギリギリになってしまってすみません。」
「いえ、大丈夫ですよ。お席にご案内します。」
しかし、その表情には隠しきれない焦りが滲み出ていた。
「時間ギリギリだからね。そんな気持ちにもなるかも」と心の中で呟き、自己紹介を終え、いよいよ講座がスタートした。
「まずは、心と体のつながりについてです。」
私がそう切り出して、15分間の説明後、意見交換タイムに突入。
几帳面男子は積極的に発言し、温和女子は笑顔で頷き、ギリギリ男子は…ポカン顔。
「まあ、そのうちわかるでしょう」と心の中で呟き、次のテーマへ。
「次は、ポリヴェーガル理論の説明です。」
私がそう告げると、会場には一瞬の静寂が訪れた。
「交感神経と副交感神経は知っていますね?」
私がそう問いかけると、受講生たちは一斉に頷いた。
「ポリヴェーガル理論は、新しい自律神経の理論で…」
私が説明を始めると、几帳面男子が目を輝かせ、温和女子が興味津々に耳を傾け、ギリギリ男子は…やはりポカン顔。
「わかりやすいので、色で表現しますね。交感神経は赤、背側迷走神経複合体は青、腹側迷走神経複合体は緑…赤の時の身体の状態は、ドキドキしたり前のめりになったり…」
ギリギリ男子へ質問した。
「あなたが、嫌だなと感じる方と接するときは、何色でしょうか?」
「赤です。」
良かった!理解してもらえたかも。
1時間の講座を終え、休憩タイムに突入。
ギリギリ男子は席を立たず、私に話しかけてきた。
「実は、息子との関係で悩んでいて…」
彼はそう切り出し、大学進学を控えた息子との間で起こっている問題を話し始めた。
一人暮らしの事を親が全てを決めてしまうことへの葛藤、夫婦間の意見の相違、そして息子との距離感。
私が「購入することは、息子さんから、頼まれたのですか?」と問いかけると、彼はハッとした表情を浮かべた。
そこへ温和女子が加わり、自身の娘とのエピソードを披露。
几帳面男子も頷きながら二人の話に耳を傾け、三者三様の意見が飛び交う、まるで心理学版井戸端会議。
休憩時間が終わり、講座が再開。
「次は、主観体験と客観体験です。」
私がそう告げると、受講生たちはそれぞれを体験していった。
しかし、ギリギリ男子は何度試しても客観体験ができず、頭を抱えていた。
私が「頭をえいっと前に投げて、目の前に客観体験の映像を出すイメージで!」とジェスチャーを交えて説明するも、彼は首を傾げるばかり。
「まあ、そのうちできますよ」と心の中で呟き、最後のテーマへ。
体をほぐし、センタリング、グラウンディング、呼吸法でリラックス。
講座が終わり、受講生たちが帰っていく。
几帳面男子と温和女子はアンケートに丁寧に記入し、ギリギリ男子は「まあまあ、これは、良いです」と一言だけ書いて去っていった。
こうして、私の心理学講師デビューは幕を閉じた。
個性豊かな受講生たちとの出会い、予想外のハプニング、そして何よりも、心理学の面白さを分かち合えた喜び。
私は、この経験を胸に、これからも心理学の魅力を伝え続けていこうと心に誓った。
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