フェアリーネット

藤浪保

第1話 スマートグラス

 夏休みに田舎の祖母の家へと一人で泊まりに来ていたたちばな蒼真そうまは、屋根裏部屋の掃除に駆り出されていた。

 幼い頃は「屋根裏部屋」という響きだけでワクワクしたものだが、十四歳ともなれば、そんな冒険心もない。ただただ暗くて埃っぽい場所だ、という感想しかなくて、自らの成長を実感していた。

 掃除なんか面倒だなと思う自分も卒業して、祖母の助けになりたいと率先して動くようにもなっている。

 とはいえ、荷物の中身を見て必要なさそうな物を捨てる、というのが蒼真に課せられたミッションだったのだが、要るか要らないかなんて蒼真に判断できるはずもなく、腰が悪く屋根裏部屋へ上がれなくなった祖母に確認するため、段ボール箱を一つ一つ下ろしたり戻したりする作業を繰り返していた。

「本当にそうちゃんが来てくれて助かったわ。うちには男手がいないから」

「力仕事くらいしかできないからねー、どんどん頼ってよ。次はこれ……っと」

 段ボール箱を抱えたまま器用にハシゴを下りて、蒼真は箱を畳の上に敷いたブルーシートに置いた。表面の埃を払うと、「電子機器」という油性マジックで書かれた文字が表れる。

 箱を開けると、スマートフォンやらUSBメモリやらが雑多に放り込まれていた。

「なんでこんな物が? おばあちゃん、知ってる?」

 どれもデザインが野暮ったくて、一目で古い型だとわかる。だが、ものすごく古いというわけでもない。おそらく蒼真が小学校低学年だった頃――つまり五年くらい前に流行ったもののようだ。

 屋根裏部屋はずっと放置されていて、これまで見てきた箱には、二十年近く前のかなり古い物ばかりが入っていた。それらに比べるとだいぶ新しい。

「全然心当たりがないけれど、この字は隆二りゅうじかもしれないわねぇ……」

 祖母は箱に書かれている文字を優しくなでて言った。

「隆二……って、叔父さん?」

 蒼真の叔父、隆二は、四年前に亡くなっていて、その葬儀には蒼真も参列した。独身で、幼い頃から蒼真とよく遊んでくれたのを覚えている。叔父というよりは、年の離れた兄のような存在だった。

「あの頃、少しこの家に帰ってきていたから、もしかしたらその時に置いて行ったのかもしれないわ」

「へぇ……。なんで屋根裏部屋になんて置いて行ったんだろうね」

 普段は忘れられている屋根裏部屋へ、わざわざハシゴを上ってまで。そんなに長く保管しておきたかったんだろうか。

「さぁねぇ……あの子は全然自分のことを話してくれなかったから」

「これ、どうする? とっておく?」

 祖母は箱の中を覗いてうーんと少し悩んだ後、吹っ切れたように立ち上がった。

「いいわ。蒼ちゃんが欲しい物があったら持って行って。要らない物は捨てる」

「いいの?」

 形見なのではないか、と思った。

「いいのいいの。もうあの子の家もとっくに引き払って全部処分しちゃったし。これだけ残しててもね」

「……わかった」

 少し薄情なような気もしたが、祖母が毎日仏壇にお供え物をしているのを知っている蒼真は、それ以上は何も言わなかった。祖母は祖母で、ちゃんと叔父をとむらう気持ちはあるのだ。

「じゃあ、そろそろお昼を作らなくちゃね。素麺そうめんでいい?」

「うん。ありがとう」

 祖母が台所に行った後、蒼真は箱の中身を確認した。

「どれも使えそうにないなー……」

 そう呟きつつ、箱の中身を次々に引っ張り出してはブルーシートの上に置いていく。中には古いコネクタのタイプの物もあり、充電やパソコンとの接続ができるかも怪しかった。

 ところが、その中に一つだけ奇妙なデバイスが交じっていた。丸みを帯びたフレームに、やや厚みのあるレンズ部分。いま流行りの軽量型とは一線を画す無骨さだが、ただの眼鏡ではなくて、確かにスマートグラスだった。

 黒一色のマットな質感のフレームには、ロゴもメーカー名も入っていない。叔父はAIの研究に携わっていたこともあると聞いていたが、それ関連の試作品か何かかもしれない。

 蒼真は興味が湧き、そっとそれを取り出して顔にかけた。

「電源ボタンは……これかな?」

 フレームの横に小さなスイッチのようなものがある。蒼真はそれを長押ししてみた。

 すると、驚いたことにレンズの内側が淡い光で満ち、視界の中央に何やら起動画面らしきものが現れた。

「お。ラッキー。まだ電池残ってた」

 すでにバッテリーが切れていてもおかしくなかったが、スマートグラスはスムーズに起動した。

 視界の周囲にバッテリー残量が少ないことやネットワークから切断されていることが表示されたかと思うと、しばらくして目の前の空間にうっすらと人影のようなものが映った。

「うわ、すごい……!」

 思わず手を伸ばしてしまうほど、リアルな立体映像だった。蒼真の手の平の上で、小柄な少女が宙に浮かんでいる。腰まで届く長い髪に、フワリとしたワンピースのシルエット。その背中には薄い四枚の羽根が生えていて、まるで妖精のようだった。

 その少女は蒼真のほうをじっと見つめると、小さな声で話し始める。

「……私、フィー。あなたは、誰?」

 彼女――いや、少女の姿をした立体映像は首をかしげる。あまりにも自然な仕草だったので、生身の人間がそこにいるかのような錯覚を覚えた。蒼真は怖さより先に不思議さがこみ上げ、戸惑いながらも口を開いた。

「あ、橘蒼真。中学二年、男、です。ええと……君は、フィーっていうの?」

「そう……私はフィー。あとは……わからない、思い出せない……。なにも……覚えてない……」

 フィーは今にも泣き出しそうな表情で、自分の身体を抱きしめた。その姿は淡く透けており、幽霊のように現実感がない。実際、フィーの身体を触ろうとすれば、蒼真の指はすり抜けてしまう。

「私は……消された存在……でも、どうして……?」

 そう言い終えると、フィーの姿は空気に溶けるように薄くなり、フッと蒼真の視界から消えた。

「あっ。……消えちゃった」

 映っていた他の表示も全て消えてしまい、見れば、スマートグラスの電源が落ちていた。

「今の、なんだったんだ?」

 本当に目の前に妖精がいるかのようなリアルさだった。会話の受け答えや動きが自然なのはその通りだが、機械にはない切実さを感じた。

 今起きたことが現実だったのか、自分でも区別がつかなくなりそうだ。

「蒼ちゃーん、できたわよー」

「あ、うん! 今行く!」

 祖母の声で我に返った蒼真は、スマートグラスを「必要な物」が置いてある場所に移動させた。

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