09
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そんな息苦しい毎日を送りながらでも、時間は少しずつ経過していく。経過していくたびに私の年齢も重なっていき、そうして小学校、中学校を卒業していって、いよいよ高校生。
そんな順風満帆に近い日常を送っていく中で、イレギュラーが発生した。
確か中学三年生のころ、具体的な時期を言えば秋ごろだったはずだ。父が現場で問題を起こした、とか、そんなことで失業してしまった。
問題の具体的な内容については知らないけれど、少しばかり人間関係でトラブルになったらしい。他の職業の人と揉めに揉めてしまい、その結果、所属している会社から解雇、という形で仕事を失くした、とかそんな感じだった気がする。
まあ、もとより安定している職業でもない。現場仕事だからこそ、いつかは体調を崩してしまってそうなっていたかもしれないし、年齢が重なるたびに収入のほうは不安定になっていくだろう。なんとなく頭の中で想像がついていたことではあったからこそ、父の失業のことを聞いても、特に落胆はせずに、仕方ない、という気持ちだけが私の中にあった。
収入状況がよろしくない状況で、母がパートを掛け持ちするようになった。父も父で仕事を探していたけれど、少しばかり平均よりも年老いていたせいか、なかなか仕事が見つからない。
高校の進路を本格的に定めなければいけない、そんな分岐点で私は定時制の高校を送ることにした。
普通の高校生活、というのも悪くはないかもしれないけれど、それではバイトをしたとしても大した金額は稼げないような気がした。
通常の高校生で過ごしていたら、ほぼ朝から夕方までの時間は拘束されてしまう。夕方から夜にバイトをして働いたとしても、十時には帰らなければいけない、という法律? みたいなやつもあったはずだ。
そうなれば、お小遣いくらいのものしか稼ぐことはできないし、それで私たち家族の生活が安定することはない。父は、心配するな、と声をかけていたけれど、その声かけが成果につながる様子はない。
だから、定時制の高校を選択した。それも、昼の部の方にして。
昼の部の方にしたのは、割と適当な理由でしかない。朝が苦手、というのもあったし、もし早起きすることができるリズムが整えば、朝は仕事、昼は学校、夜はまた仕事、と大半の時間で金を稼ぐことができるから。
両親は申し訳なさそうに、それでも普通の高校を進むように言ってくれていたけれど、その時の私は少しこじれていて「他の子が行く場所とは違うところにいく」というのがちょっとだけワクワクしていたし、何より自分だけがその道を歩むことができる、というのに高揚感を覚えていた。
きっと、そうしないと自分を立たせることができなかっただけかもしれないけれど、中学時代の私は馬鹿でしかなかったから、その馬鹿さに救われたのかもしれない。その馬鹿さに従うまま、私は定時制に進んだのだ。
別にこれについて、誰かを恨んでいたりとか、妬んだりしたことはない。本当にない。中学時代の旧友が少しマウントをとるように、普通の高校生活、というものをちらつかせてくることが当時あったけれど、それでも私は気にしていなかったし、人それぞれだよね、っていう価値観があったからこそ、本当に何も感じていなかった。
ただ、強いて言えば文句を言いたい相手くらいはいた。まあ、それが兄貴ではあるんだけれど、家庭がこんな状況になったときでも兄貴が帰ってくることはなかった。
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定時制の高校に入学してから半年ほどが経ったころのことだ。
そのころには日常のリズムも整っていて、朝五時に目を覚まして働きに出るような生活を毎日送っていた。
定時制の高校に入って驚いたのは、同年代の少なさだろうか。大半の人間は、仕事を掛け持ちしながらも通うような大人に見える人間ばかりで、中学を卒業したばかりの人間なんて、私以外には見つからない。
年齢差、というのは割と大きな壁としてあって、そこから人間関係の発展が見えることは少ない。それでも、たまにグループワークを出されれば相応に会話をするけれど、それも事務的なものでしかなくて、仲が良くなる、とか、そういった要素については皆無でしかなかった。
それでも、バイト先にはそこそこの友達ができていた。私が選ぶことのできなかった高校から入ってきた同級生の子であったり、私と同じ定時制に通いながら働いている子であったり。まあ、年齢こそ少しは離れていたけれど、それでも仲のいい友達、というものはできていた。
本来であれば、高校生活を通じて増えるものだと思っていた節はあるけれど、これに関しては仕事か学業、どちらを重視しているかによる、ということに後々気づいた。
私の場合は仕事を重視するような生活を送っていたから、仕事関連で友達の数は増えていく。学業に関しては副業というか、サブコンテンツという扱いに近いから、そこで友達が増えることはそんなにない。まあ、それだけの話である。
整ってきたリズムに従いながら、毎日を過ごしていく。
家賃の大半の部分は母のパートで負担をし、そのほかの生活費を私が負担をした。たまに、父が出かけることがあったけれど、その時は現場の応援で稼いできた金を家に入れてくる。それでも定職に就くことはできないままで、苦しい生活というのは変わらなかったけれど、それでも不満は特にないまま毎日を過ごしていた。
父が仕事をして稼いだ時には、近所のファミレスで食事をとった。豪勢な食事、とは言い難いけれど、それでも美味しいものでしかない食べ物を口に入れれば、毎日を過ごすやる気のようなものは出てくる。
仕事についても、半年たてば相応に慣れていって、精神的な負荷も少なくなっていく。慣れれば慣れるだけ仕事量が増えることもあるけれど、それは大半の作業に言えることだから別にいい。
ただ、その頃くらいに再びイレギュラー、……というか、確実としか言えない問題が発生した。
端的にその問題を説明するならば一言で済む。
父が、私たちの稼いでいた金をギャンブルに使っていた。
ただ、それだけだ。
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