03
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私が大人になったのかどうかはわからない。正直、高校生の時から精神面が成長しているのか、と聞かれれば微妙ではある。いろいろなことがありはしたけれど、その経験を踏まえたうえで子供から脱却できたのかと言われても、うーん、と首を傾げてしまいそうになる。
そんな風に大人の自覚というものがないままでも、時間は過ぎ去っていくものだ。意識的にも無意識的にも、時間は絶対過ぎ去っていく。ふと時計に目をやる瞬間に、あー時間が経ってるなぁ、とぼんやり考えることが多くなってきたような気もする。それだけ時間が過ぎ去る速さが異常だと、そういう風に言うこともできるのだが。
ともかくとして、世間一般から見れば、今の私は大人という属性に近いのだろう。というか、大人にならなければいけない年齢の区分なのだろう。
高校を卒業して五年、さすがに二十代であるというのに、それでも自身を子供だと言い張るのはどこか異常だ。そんな風な人間にはなりたくないし、周囲にそんな人間がいたら心配が勝ってしまう。
「なんというか、本当に急な感じだよねー」
適当に予約をした居酒屋の中、私は前にいるきょんちーにそう声をかけた。
彼女はテーブルの横に置いてある注文用のタッチパネルを眺めては、いまだに何を頼むのかを悩み続けている。そこまでお酒の種類があるというわけでもないから、さっさと決めればいいのに、という気持ちも生まれるが、こういった慎重に判断をする彼女の姿はひとつのいいところだとも思っている。
「そ、そうですね……。何か大変なこととかがなければいいんですけど」
ぽん、ぽんとタッチパネルの音を響かせながら、少し曇ったような表情で彼女は呟く。私は私で、タッチパネルの方ではなく、冊子として置かれているメニュー表に手を伸ばして、とりあえず適当に頼むものをまとめた。
「というか、翔也くんから声をかけるなんて珍しいですよね。いつもこっちが誘いっきりなのに」
「うーん、どうなんだろうね」
私はそう返しながら、今までに遊んだ過去のことを振り返った。
高校生当時、急遽の転校という形で私たちの近くからいなくなった翔ちゃんとは、その後も連絡を取っていた。というか、離れる程度で縁が切れるわけもない。昔だったら、きっと文通? というか、まあ手紙とかでのやりとりとかあって、そんな事をしている間に時間が経ち、いつの間にか自然と縁が切れているものかもしれないけれど、今どきというものがある。
昨今、というわけでもないけれど、携帯があればぶっちゃけなんでもできてしまう。ただのメールのやり取り、チャットのやりとり、それでなくとも通話、ビデオ通話、などなど。だから、私たちが彼と紡いだ縁が容易く切れることは、相手が切ることさえなければ早々ない。
離れた最初こそは、あまり会う機会というか、そういったチャンスは生まれなかったけれど、数年もたってしまえばチャンスなんていくらでも生まれる。いつの間にか恒例になったお盆休みのバーベキュー大会、年末に集まる忘年会、あとは各々の用事が空いている休日であったのなら、集合をして適当に駄弁るだけの時間。そんな風に時間は色々なものをめぐり合わせてくれる。
そんな巡り合わせの中、確かに翔ちゃんから提案する、ということはあまりなかったかもしれない。というか、いつだって兄である恭平が主導となっていたような気もするし、兄がいいなら私も企画してしまおう、と私が主導になることも多くなっていった。
だから、そもそも彼からの提案というのはタイミングがなかったのかもしれない。当時作った自然科学部のラインの中で大半の発言をしているのは私だったし、彼やきょんちー、さっちんが入る暇をそもそも作ることができていなかった、という考えがなんとなく頭の中で生まれる。
……反省。……別に反省をしなくても、結局みんなで遊んでいるのだから、きっとそこまで落ち込む要素も、反省の要素もないのかもしれない。
「というか、きょんちーも最近忙しかったんじゃなかったっけ? 実習? があるとかなんとか言ってたじゃん」
私はメニュー表をとりあえず机に寝かせた後、未だに画面とにらめっこをしている彼女の表情を除いた。
「あ、実はちょうど一昨日に実習は終わったんですよ。まあ、まだやることというか、実習のレポートとかをまとめなければいけないので、忙しいっちゃ忙しいんですけどね」
「ほぇー」
私は心の中で感心しながら、適当過ぎる相槌を打った。
今のきょんちーは教育系の大学に通っており、そこでほとんど毎日を過ごしている。何がどういうきっかけでそうなったのかはわからないけれど、今の彼女は高校教師を目指しているらしく、そのために勉学へと励んでいる、とのことだ。
「……いいなぁ、将来設計」
「……将来設計?」
「いや、ほら私はフリーターだからさ。専門行くとかも特に考えなかったし、……結局バンドもあんまり上手くいかなかったし」
「……ははっ」
きょんちーは気まずそうな苦笑を浮かべた。私は「ま、そういうこともあるよね」と返してみる。
別に彼女が悪い、というわけではないのだけれど、私たちは一般的なバンドの水準にも達していなかったわけで、結局高校を卒業して二年くらいで解散を選択することになった。
そんな二年の中、大学生という忙しい身分であってもきょんちーはきちんとバンドの練習に参加してくれていた。……まあ、きょんちーと私以外はあまり熱量もなくなって、最終的には二人だけでカラオケ行って終わる、とか、そんな感じになっちゃったけれど。
「きょんちーはえらいよ、ほんとうにえらい。なんというか、私はここからどうすればいいかなぁ、って毎日考えて不安になるもん」
その結果、行き着いた先が兄の家というのが個人的な笑い話である。もともと実家で住んでいた身ではあったけれど、フリーターのままの身分でいたところを母親に叱りつけられてしまった。それでも、なかなか動き出せずにいた私は、逃げるように兄の家で暮らすことになったわけだけれども、それでも何か進展があるわけでもない。
「やりたいこと、とかないんですか?」
「うーん、……大物になりたいよねぇ」
「大物……」
彼女は困ったような笑顔を浮かべた。そして、ようやく決まったらしいメニューをタッチパネルに入力すると、どうぞ、と私にそれを渡してくる。
「……こうなったらヤケ酒だー!」
「え、えっと、翔也くんも来るから……、控えめに、ね?」
わかってますー、と彼女の声に返事をしながら、私もいそいそと注文した。
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