【KAC20253】サキュラ 〜少年と桜〜

かごのぼっち

ちゅき

 ぼくの家の裏山に大きな桜の木がある。枝張りはとても広く、山なりに綺麗な半球を描く美しい樹冠。満開時には、それは豪華な量感のある花桜となり、風が吹けば見事な花吹雪を散らした。


 毎年多くの人を喜ばせて来た桜だが、老朽化が進んで枝が折れ、危険だからと言って他の枝も伐採されてしまった。


 もう、春になってもここに人が集まることはない、と思われていた。


「あれえ? 桜の花がない⋯⋯楽しみにして来たのになあ⋯⋯」


 ぼくは花のない桜を見上げた。


「木の穴に何かいる⋯⋯」


 ぼくは、桜の小さな木のうろに何かを見つけた。


 何かがちらちらとこちらを見ている。何だろう?

 ぼくは気になって桜の木に近付いたが、洞の中は見えないので、おっかなびっくり登り始めた。


「んしょ、んしょ!」


 ぼくは何とか木の洞にたどり着くと、木の洞の中をのぞき込んでみた。


「⋯⋯」


 中をのぞくと小さなおしりが見える。何あれ? 髪の長い小さな女の子?


「ねえ、きみ」

「ぎくっ!」ビクビク⋯⋯


 女の子?はおしりをプルプル震わせるだけで、返事はありません。


「ねえきみ、名前は?」

 「ば、ばれた?ばれちゃった?どうしよどうしよ⋯⋯」


 小さなおしりがプルプル震えます。


「⋯⋯かわいい♡」

「ふぎゃっ!?」


 ぼくがおしりを突っつくと、女の子はたいそうびっくりして振り向いた。


「にゃまえにゃんてにゃいサ! べー!」


 女の子は怒ったような口調でそう言うと、サクランボのような小さなくちびるから桜の花びらのような小さな舌を出しました。ぼくは軽く息を呑んだ。


「か⋯⋯かわいすぎる♡」

「いっ!? いいいいい、いったいにゃんにゃ!? にゃんか用でもあんにょかサ!?」

「ううん、ないよ?」

「にゃら、とっとと帰ればいいにょよサ!」

「じゃあ、名前教えて?」

「にゃっ!? サっきも言ったけど、にゃまえにゃんてにゃい! お前の方こそどこのどいつにゃにょサ!?」


 女の子はぼくをビシッと指でさした! 指先がぼくの頬に当たって、その感触を楽しむようにプニプニし始める。プニプニ、プニプニ。


「ふふ♪ ぼくかい? ぼくはタイチ。 大地の大に大地の地で大地タイチ!」

「た、タイチ?」プニプニ

「そう、タイチ。きみは本当に名前ないの?」

「サっきからにゃんども言ってる。しつこいヤツは嫌われるサ!」プニプニ

「そっか⋯⋯。じゃあ、ぼくがつけてあげるよ!」

「ひゃっ!? いら、いら、いらにゃい!!」プニ〜

「サラちゃん! あ、かんだ⋯⋯まあいっか、かわいいし?」

「ぎゃっ! だ、妥協したっ!?」グニ〜

「痛い痛い⋯⋯」


 サキュラと名付けた女の子の体が淡いピンクの光に包まれた。


「け、けけけ、契約成立してしまった!? ど、どうしてくれるにょよサ!?」

「契約? なにそれ?」

「もうお嫁にいけにゃい!」シクシク

「どーゆーこと?」

「お前が契約を破棄するまで離れられにゃくにゃってしまったにょよサ⋯⋯」シクシク


 サキュラは三角座りをしてぼくに背中を向けた。髪の隙間から覗く首と背中がなんだか切ない。


「そんなに泣かないで?」

「これがにゃかずにおられるもにょか!」シクシク

「どうして?」

「人間に捕まった妖精はみんにゃヒドい目に遭わされるって聴いたにょよサ⋯⋯」シクシク

「ぼくはそんなヒドいことしないよ?」


 サキュラはチラリと桜色の瞳をキラリと光らせて、ぼくに向けた。


「ほんと?」ズビッ


 ぼくはにっこりと笑う。


「ぼく、サキュラのこと大好きだから、絶対にしない!」

「にゃ!? す、すすす、ちゅきとか迂闊に言うにゃ!? つがいににゃったらどうするにょよサ!?」モジモジ

「つがい?」

「け、けけけ、結婚のことサ⋯⋯」モジモジ


 結婚⋯⋯。


「ぼく、サキュラと結婚してもいいよ?」


 キュン♡♡♡♡


「胸からとびきり変な音がしたにょよサ!?」

「でも、もっときみのこと知りたいな?」

「サキュラは桜の妖精にゃにょよ。さっきまで気持ちよく寝ていたにょに、お前に起こされたにょよサ!」プンスコ!

「⋯⋯サキュラさ、ぼくのこと見てたよね?」

「み、み、み、見てにゃんかにゃい! タイチがこの桜を見ていたことにゃんか知らにゃいにょよサ!」プンスコ!

「ほら、見てたじゃないか」

「ふぎゃっ! にゃんでバレた!?」ドキンッ!


 ぼくはクスッと笑うとそっと手を出した。


「ぼくのサキュラ、おいで?」


 サキュラは桜色の長い髪をくるりと体に巻きつけて、ぼくを見つめた。


「いぢめない?」

「うん、いぢめない」

「サキュラのこと、ちゅき?」

「うん、大好き」

「本当に結婚⋯⋯してくれる?」

「うん、約束する」


 サキュラは小さな手をぼくの手に乗せた。


「タイチ?」

「ん?」

「この桜⋯⋯にゃくにゃっちゃうにょ?」

「そんなこと、ぼくがさせない!」

「⋯⋯ほんと?」

「命をかけて!」


 サキュラは少し頬を赤く染めて、ぼくの手のひらに体を乗せた。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る