#10 ヤンデレベルアップイベントLv.5→20
週明けの月曜日。
『月曜日の放課後、旧校舎の屋上にて待たれよ!』
一昨日送られてきたあのメールが頭にこびりついて離れない。折角久しぶりに出海ちゃんと一緒に学校に行って、お昼も食べたのに全く集中できなかった。
また出海ちゃんのことを心配させちゃったなぁ。私のことを労る彼女の優しい声が嬉しいはずなのに、胸に突き刺さる。こんな私に優しくされる資格なんてないのに……
重い足取りで人気のない旧校舎の階段を登る。ギシギシと木が軋む音が、今の私には酷くうるさく聞こえた。
『やっぱり、図書室で待ってるよ。終わったら連絡して』
こんなことで出海ちゃんを待たせるわけにもいかないと思った私は、彼女に先に帰るように言った。しかし、底抜けに優しい出海ちゃんは私を待っていてくれるようだ。
少しだけ気持ちが軽くなり、私は現金な人だなぁと自嘲しつつ屋上に続く扉を開ける。
暗がるから外に出たせいで眩しさのあまり目を瞑ってしまう。少しずつ視界が回復していくと、金色の絹糸が風に靡いて輝いているのを目にして――
「……麻水さん?どうしてここにいるの?」
「やっと来たね」
一音一音しっかり発音して話す麻水さんが、屋上のフェンスに背中を預けて不屈な笑みを浮かべていた。
「匿名希望AA」
「な!?なんでその名前を知っているの?」
「だってそれ私だし。AAは麻水有紗の頭文字だよ」
いつもの人懐っこい麻水さんが発したとは思えない、含みのある声がして身じろぎしてしまう。
「……どうしてあんなことをしたか、教えてくれるんだよね?」
「そのつもりで貴船さんを呼んだから。にしても今のセリフ、ドスが効いててちょっとヤンデレっぽかったね」
私のことを揶揄ってくる、麻水さんの意地悪そうな顔がやっぱり新鮮で……いや、違う。あの顔は一昨日のデート(推定)のときに出海ちゃんにもしていた。
「貴船さんさ、この前出海が言ってたやつ聞いてたでしょ?」
「言ってたやつ?」
「出海が女の子が好きで、とりわけヤンデレが好みだってこと」
「なぁ!?ど、どうしてそれを!もしかして出海ちゃんも私が聞いてたこと知ってたりする?」
「いや、あのとき貴船さんは出海の背後にいたから、彼女は知らないと思うよ。代わりに、出海の対面に座っていた私には貴船さんがガッツリ盗み聞きしてるとこ見えてたけど」
麻水さんが荒ぶる金髪のツインテールを手で撫でながら、私の痛いところを的確についてくる。
少し西に傾いた陽光に照らされた彼女はとても妖艶に見えるのに、今の私にはそれが彼女の不気味さを増幅しているようにしか思えなかった。
「別に盗み聞きしたつもりはないよ」
「でも、今の貴船さんはヤンデレを目指しているように見えるな」
「……どうしてそう思うの?」
「だって貴船さん、ずっと出海のことが好きだったんでしょ?入学してからあなたたちのことをずっとそばで見てきたから分かるよ。出海、世話焼きな癖にすごく鈍感だから、振り向いてもらうためにヤンデレになろうとしているんだよね?」
背後に広がる青空よりも澄んだ蒼い瞳が私の全てを見透かしていそうで怖い。
「……麻水さんは好きなの?出海ちゃんのこと」
「好きだって言ったら?」
「……よく分からないの。他の人が出海ちゃんのことを好きだなんだと考えたら、出海ちゃんが他の女の子を
「それはね嫉妬だよ。やっぱり、貴船さんはヤンデレの素質があると思う」
「私はヤンデレになんてなれないよ」
2人のデートから逃げ帰ってきた後の私を思い出す。汚くて粘ついていた黒い私を。穢れを知らない出海ちゃんに近づいてはいけない私の知らない私を。
私がこのままヤンデレになろうと意識したら、出海ちゃんを傷つけてしまう。最悪、今の関係が壊れてしまうと思ってしまった。
「ヤンデレはね、少し愛が重すぎるだけでとても一途で可愛い女の子だと私は思うけどな」
「そ、そうなの?」
麻水さんが思い描くヤンデレ像が最初に私が抱いたヤンデレの印象と重なる。
「きっと、出海は愛に飢えているんだよ。自分だけに向けてくれる溺れちゃうくらいの愛に。その愛はね、私じゃあげられない。中途半端に他の人に
「やっぱり麻水さん――」
「言わないで。出海には貴船さんが必要。ヤンデレ辞めてもいいからさ、出海があなたの気持ちに気づくまでは頑張ってみてくれないかな?」
いつも楽しそうに笑って盛り上げてくれる麻水さんの真剣な態度に、思わず息を呑んでしまう。
「じゃ、じゃあさ、なんで一昨日はあんなことしたの?」
「あれは貴船さんに自分の気持ちに気づいて欲しかったからだよ」
「自分の気持ち?」
どういうことか分からず、おうむ返しをすることしかできない。
「一昨日、私が出海とイチャイチャするところを見て嫉妬したんでしょ?」
「一度、貴船さんがしたいようにしてみたらどうかな?嫉妬とか独占欲とかそのままぶつけちゃってさ」
「そ、そんなことできないよ……」
「これをみてもそう思うかなぁ?」
麻水さんが得意げな顔をして見せびらかしてきたのは……手でハートを作って出海ちゃんにくっつく麻水さんと、赤面してはにかむ出海ちゃんのツーショット写真だった。
「ぷり、くら?」
「水着を買い終わった後に行ったんだけどさ、出海プリクラ
初めて?出海ちゃんの初めて??
「私はハート作ってくれなかったけど、貴船さんならやってくれるんじゃないかな」
「私もプリクラなんて撮ったことないよ……」
「ささ、行った行った!出海待ってくれてるんでしょ?」
「ちょ、ちょっと……!」
私が何かを言う前に、麻水さんに私の背中をぐいぐい押されて屋上から追い出されてしまった。
どうしよう……
階段の踊り場で立ち尽くす私の影は長く、長く伸びていて先が見えない。
ヤンデレ、かぁ……一度は諦めた、捨てたはずの欲望が再び沸々と湧き上がってくる。
出海ちゃんが悪いんだよ?私、本当に言っちゃうからね?
* * *
〈Side ???〉
2人とも本当の気持ちに気づいてないのに。本人じゃなくて間に挟まる私がそれに気づいてしまうだなんて、あんまりだと思う。
私だって好きな人の「好き」を演じようと生来より明るい人間になろうとした。
だけど今は、振り向いてもらおうと頑張る子の背中を押そうとしている。
それが嫌なわけではない。むしろ嬉しいまである。好きだった人の幸せを作る手伝いができるのだから。
歪んでいるのかもしれない。だけど、不思議と心はスッキリしている。2人ともとってもお似合いだからかな。
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