第4話 神芽 其の四
結城は
おそらく、結城が目覚めるのを待っていたのであろう。しばらくして、水鏡と呼ばれた
結城は彼の姿に違和感を覚えた。
― まるで中国の
まんじりと見つめる結城の視線を、水鏡は微笑んで受け止めている。彼から視線を外して屋内を見れば、質素ながらも風格のある
結城は焦った。しかし今更、騒いでも始まらない。落ち着こうと深呼吸を数回してみる。
「目覚められたか、そなた達は
「・・・私は
結城の一連の動作を見取って、水鏡は口を開いた。それに結城はなるべく平静を装って答えた。
「あの・・・ここは?」
「
「荊州?」
押し黙る結城に水鏡は 童子が持ってきた薬湯を勧めて時勢を話し始めた。
「
どちらにせよ直に戦乱の
「劉・・・・玄徳?・・・・・・って、
水鏡は悲観した物言いだったが、結城が反応を示したのはそれではなかった。見知った単語に耳を疑った。
荊州は知らなくても”劉備玄徳”ならば知っているからだ。
まぁ、この場合の知るとは、顔を見知っているのではなく、史実に基づいて勉強したから記憶にあったというのが
中国史上、劉備玄徳とは
最も知られているのは、三顧の礼で軍師
結城の頭の中を歴史の教科書内容が駆け巡る。どれもこれも、うろ覚えだったが、この世界が現代ではない事がはっきりした。
「結城よ、佐倉が姓で結城とは名か?」
「はい。」
ここは素直に答えるしかない。現代でない以上、下手に騒げないのだ。
― 夢・・・じゃないみたいね。 ―
飲んだ
「名は本質を
「あざ・・・な・・・ニックネームのことかな・・・・・それなら、ユウです。」
「そうか、ではユウよ、ここには好きなだけ居るが良い。」
「でも、迷惑が・・・」
「なに、ここには多くの若者が訪れ語り明かす、道楽のような場所じゃ。遠慮は要らん。」
水鏡は席を立つと、
「あの、水鏡・・・先生・・・・柚は・・・・?」
「うむ、今は落ち着いておるが、
「濁流・・・・」
「清流に濁流・・・時同じくして存在するは
「あの・・・?」
「そなたには
その言葉は結城の胸に深く刺さった。身分の高い娘は屋敷に身を置き、天に身を任せている。乱世で戦の敗者となれば、それは戦利品のように相手の武将に下げ渡される。女性は貴重でもあり、
別段、結城が三国志を熟知している訳ではない。ただ、歴史の常として水鏡からもらった言葉をヒントに推測したまでなのだ。
「柚と申した娘は女人として生きる事を選んだ。そなたはどうする?」
用意された衣服は男子が着るもの。結城は迷わず其れを手に取ると髪を束ねた。
水鏡は
多くを
しばらくして柚が部屋の中に駆け込んでくる。
「大丈夫だったのね・・・良かった。あの水鏡ってお爺さん変な事聞くんだもん。 『乱世の今、女子として貫くか男子として隠れるか、どちらを選ぶかな』なんて、失礼しちゃうわよね
論点はそんな外見の事ではないのだ。その真意に柚は気付いていない。それを口にするのも
「柚、どうやら私達・・・中国の三国時代に来てしまったみたい。判りやすく言えば西暦200年~210年ぐらいの時代。」
「・・・・それ、どういう意味?」
「あの教会の宝物庫で何があったのか判らないけど、タイムスリップか・・・もしかしたら二人で夢を見てるのか・・・・。」
「・・・・・・・。」
「夢なら・・・覚めるまでこのまま。本当に来ちゃってるのなら・・・・戻れるまで身の振り方を考えなくちゃ・・・」
「戻れない・・・・」
「ここから良く聞いて。この戦乱の時代は
「やだ・・・帰りたい!」
「帰る方法が無い以上、ひっそりと暮らすしかないの!ここでは
「・・・・・酷い・・・我侭なんて・・・・」
「柚が騒ぐといろんな意味で目立つの。だから、男の子の格好して大人しくしてて・・・ね。」
「どうしてよ。」
「柚の気持ちも判るけど、ここは現代じゃないの。もし・・・・女性の格好で誰かに見初められる事があったら・・・・好きでもないのにその人のものになるのよ?」
余程、ショックだったのだろうか。柚は大粒の涙をこぼして泣き出した。
泣き出したいのは此方だ、そう思ったが結城は唇を噛んで耐えた。身は偽っても隠し通さねば、今を乗り越えられないのだ。だが親友の次の言葉に
「女の子だもん・・・・大人しくしてるから・・・・・これ着ててもいいでしょ?」
「ここでは私に頼らないで・・・柚。自分のやったことは自分で責任を持ってね。」
何を考えてか、柚は譲らない。仕方なく道を違える覚悟をお互いにしようと、冷たく突き放つ。
「ユウは私の事嫌いだったんだ・・・・だからそんな・・・。」
「だから言ったじゃない。札が出て無くても常識で考えれば入ってはいけない場所はあるんだって。」
「だって・・・・。」
「嫌いとか好きとかではなくて、私は男として生きるの。柚は女としてでしょ?」
「・・・・・・。」
「もし、柚が誰かに見初められても私は着いていけない。それだけは覚えておいてね。」
誤解されようとも分かたれた道は一緒に歩むことは出来ない。娘の格好を選んだ柚は、水鏡の客人か預かり人となる。
逆に結城は良くて弟子か
だからこそ、お互いこれ以上は
きっと、
問題提議は行った。後は柚がどう心の中で処理するかなのだ。
室内から飛び出した彼女の後姿を見送り、結城は大きな溜息をついた。
それでも、なぜか言いようの無い不安が心を占めていた。
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