ぼくはとら
Akira Clementi
第1話
「王様、約束の虎でございます」
「これは……随分大きい……」
首にリボンを巻かれてうずくまる僕のそばで、背中に翅が生えた僕より小さな人間たちがそんな話をしている。
僕、猫なんだけどな。
「今はこのように非常におとなしいのですが、一度暴れ出すと手がつけられません。既に同胞たちが何人も犠牲になっています」
背中にトンボの翅が生えた小さな人間が、さも恐ろしいものを見たかのような顔をする。
うーん、僕そんなことした覚えないんだけど。だいたい僕、ただの野良猫だし。いつもの花壇でお昼寝してたのに、目が覚めたら首にリボンをつけられてここにいたんだ。
見える範囲は、黄色や白のほわほわとした花が咲き誇る花畑。その花畑の中のぽっかりまあるく開けた場所で、翅の生えた小さな人間たちが話をしているのだ。
これ、『妖精』ってやつなのかな。なんか聞いたことあるぞ。へえ、これが妖精かあ。普通の人間と同じで、よく喋るなあ。
「よくぞ伝説の猛獣を捕らえた。褒美を出そう」
頭にきらきらの王冠を乗せて、背中からはアゲハ蝶みたいな翅を生やした妖精が言う。モンシロチョウのような可憐な翅を生やした妖精がすすすすーっと歩いてきて、僕を虎だと言い張る妖精に袋を渡した。中身は知らない。どんぐりがやっとひとつ入るかなというくらいの袋だけど、なにが入ってるんだろう。またたびではなさそうだ。
褒美とやらを貰ったトンボの翅の妖精たちは、ぺこりとお辞儀をすると僕を残してどこかへ行ってしまった。去り際になんだか悪い笑顔をしていたけど、見なかったことにしてあげよう。
すっかり騙された王冠付きの妖精が、ぱたぱた飛んで僕の上に乗る。
「おお、ふわふわだ」
ふふん、気持ちいいだろう。いつもたっぷり日向ぼっこしてるから、ふわふわだぞ。
僕の上に乗った妖精が、頭を撫でてくれる。小さい手だけど、気持ちがいい。
「どこが虎なものか。どう見ても猫ではないか。動物園に行ったことがある私を欺こうとするとは、愚か者たちめ」
そう言いながら、妖精はくすくす笑っている。なんだ、僕のことちゃんと猫だって分かってたんだ。てことは、さっきの褒美の袋も大したものは入ってないんだろう。今頃袋を貰った妖精たちは、中身を見て悔しがってるんだろうな。
「まあ、本物の虎を連れてこられるよりははるかにましだ。猫、今日からおまえの名前は『とら』だ。我が国を守る神獣として、末永く頼むぞ。そうら、城下町を案内してやろう」
妖精が首のリボンをくいっと引っ張った。苦しくない程度だから、嫌な気はしない。立ち上がると、広い花畑の中に小さな家がぽつぽつと建っているのが見えた。
妖精の国を守る神獣「とら」かあ。美味しいご飯もらえるならいいかな。
なるべく雄々しい声でにゃあんと鳴いて、僕はのしのし歩き出した。
ぼくはとら Akira Clementi @daybreak0224
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