第5話

「ここですか?」

「ああ。止めろ。」 

 後部座席に座る男の指示に従い、運転手の男は車を停めた。集落の外れにある、ひときわ大きな平屋建ての一軒家。聞いた話では昔老夫婦が住んでいたそうだが、最近じゃ幽霊が出ると噂の廃墟だそうだ。運転手が降りると、男は誘拐してきた女児を肩に担いだところだった。手足はロープで縛られ、口もガムテープでふさがれている。こちらに助けをこう目を向けられると、やはり良心が痛む。

「逃げるなよ?」

 自分の心理を見透かしたように男が言う。「分かってます。」と極力平常心で答え、女児の荷物を持った。もう自分は加担してしまった。大学受験に失敗して浪人して、自分だけが取り残された気分になって。勉強に身が入らずSNSをいじっていた時に見つけたバイト。まさか、こんな事になるとは……。

「こいつの両親に身代金を要求する。ランドセルにスマホがあるだろ、連絡先探せ。」

 玄関の戸を乱暴に開け、居間に上がる男。女児は乱暴に転がされてちゃぶ台の足に頭をぶった。女児がむせび泣きをもらす。

「泣くな!」

 男が怒鳴りながら女児の首にナイフを当てる。一歩間違えれば自分も、という恐怖から目をそらすように、ランドセルを漁った。子供用のスマホが出てきた。電話帳に「お母さん」の文字。タップしてスマホを耳に当てる。すぐに母親らしき声がした。

『……もしもし?りえちゃ―』

 運転手はそこでスマホを落とした。自分の前にあったちゃぶ台が突然ひっくり返り、眉間に激突したからだ。痛みにうめいて後ろに倒れたところに襖が倒れてきた。

「うわ!?」

 突然起きた怪奇現象に、男は驚いて声を上げた。その瞬間、人質だった女子が倒れていた畳がくるんと床に向かって一回転。裏返った畳の上、女児の代わりにそこにいたのは、真っ黒な蛇。

「いっ!?く、来るな!」

 ナイフを振り回しても、一向に気にせずこちらににじりよるそれらに恐怖した男は、障子を開け、縁側へ飛び出そうとする。だが、障子が開かないばかりか、組子の部分一つ一つに目が現れこちらを見つめた。

「ああああ!!」

 男は雄叫びを上げて土間に飛び出した。すると、洗い場のポンプから水が勢いよく発射され、よろけて手を付いた土間の床はあり地獄よろしく男の四肢を呑みこんでゆく。

「助けて!」

 ついに首だけしか出ていない男の頭上に、ゆらあっと大きな影が現れる。粗末なボロボロの服、手には出刃包丁、そして、大きな牙に角を持った真っ赤な顔。

「オオオオオオ……!」

 男は失禁して動かなくなった。


「っはぁあ疲れたぁあ!!」

 警察署から帰って来た僕は居間に倒れ込む。その周りに、ブラウニー達がわあっと寄って来た。「よくやった!」「ナイス演技!」「無事で良かったねェ。」と口々に褒めてくれる。

「ご苦労さん。」ヤモリが顔を覗き込んだ。「女の子、大丈夫だったかい?」

「はい。ご両親が迎えに来てて、やっと女の子が笑顔になったので良かったです。勿論、泣いてもいましたけど。」

「そりゃそうだ。安心したんだろうさ。」

 僕はヤモリ達と相談し、まずは床下に隠れた。そして、誘拐犯たちが怪奇現象に驚いている隙に女の子のいる畳を回転させる。突然床下に来て驚く女の子のガムテープやらロープを解いてあげた後、倉庫に避難してもらい、僕はお化けに扮して誘拐犯たちを脅かす。使われなくなった収穫用の麻袋と節分の鬼のお面、それに台所にあった包丁を使ったから、お化けというよりなまはげみたいになっちゃったけど。

「どうせなら『悪い子はいねがーー!』って言ってやりゃ良かったのに。」

「き、緊張して何も思いつかなくて…唸るだけで精一杯だよ。」

 畳に突っ伏したまま答える僕を見て、アオダイショウはケラケラ笑っている。

「女の子が警察の人に、僕に助けてもらったって言ったみたいで。警察の人にはどうやって誘拐犯を撃退したか凄い追及された……。」

「まさか、『妖精さんに助けてもらった』なんて言えないもんねぇ。」ヤモリがニヤニヤしながら言った。「で。どう言い訳したんだい?」

「家がぼろかったので勝手に誘拐犯が自滅してました、って言った。」

「ぼろかった、はアタシらとしては納得いかないねぇ。」

「警察の人に上手な嘘つくなんて無理だよ……。正直、誘拐犯より緊張した。」

 僕がそう言ったら、ブラウニー達がどっと笑った。

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