ドルイダス・エトワール

天津

取り替え子の青年

  


「アンタが……〝ドルイド〟のエトワール?頼む、助けて欲しいんだ…!」


 

 そう言って、アイルランド西部クレア県フィークル村に住む〝ドルイド〟の女性――――エトワール・オブライエンの元に、「呪いをかけられたから助けが欲しい」と訪ねてきたのはトライスと名乗る人物だった。

 エトワールは、扉の前に佇むトライスを見た瞬間、息をのみ、数秒釘付けになった。

 

 美しい銀糸の髪。切れ長の瞳と長いまつ毛。くすみなど一つもない白くきめ細やかな肌。長身に見合った長い脚と、豊満なスタイル。

 ――――どの要素をとっても、エトワールという女性の「好み」にがっつりストライクをキメた人物だった。


 しかし、惚けていたのも数秒。

 誰もが振り返るような美女といって遜色ないその人物が、どこかやつれていると分かると、ただ事ではないと察したエトワールはそのまま自宅兼仕事場のアイルロッジに招き入れた。

 リビングに通されたトライスは、エトワールに向けて開口一番にこう告げた。



「実は、呪いで性別を変えられてしまって………元に戻してほしいんだ。妖精との結婚式を控えているから」

「…………………………………………………」

「…?…あの?」

「あ、あぁ……いや、大丈夫。なるほど。妖精と……結婚ですか」



 エトワールの中で何かが音を立ててガラガラと崩れ落ちた気がしたが、そんな内心はおくびにも出さずに、エトワールは営業スマイルを貫き通す。

 こくり、とトライスは頷くと「自分は『取り替え子』だ」と説明し始めた。

 「取り替え子(チェンジリング)」というのは、妖精が人間の子供、もしくは赤子をかどわかし、代わりに妖精を置き去りにしていくというヨーロッパの伝承だ。置き去りになった妖精は人間の中で、攫われた人間は妖精の中で育ち、生きていく。さらわれてしまった者はどうなるのかといえば、基本的には妖精と婚姻することになったり、妖精の母親にさせられたりするのだ。


 では、伝承や御伽噺と扱われているものが、実際には人知れず起こり続けている。

 それらの存在が起こす問題の解決や調停役を担うのがエトワールの家系――――現代まで続く〝ドルイド〟の家系である。


「俺と入れ替わった妖精‥‥‥…俺の婚約者なんだが、婚約の時期になるからもうじき彼女を迎えに行かないといけないのに、誰とも知らないやつからこんな姿にされて……おかげで妖精以外の奴らからもひっきりなしに求婚されるわ攫われそうになるわで…とにかく、元の姿に戻して欲しいんだ。ここにくれば…解決するかもって聞いて…」

「事情は分かりました。では、解呪の効果のある薬を作らせて頂きます。ですが、術者不明の呪いとなると、解呪の特定に少々お時間を頂戴するので、そこはご了承ください」

「…どれくらいかかりますか?」

「今から軽く行う検査結果にもよりますが、短く見積もって…8日間ほどかと」


 エトワールの言葉に、トライスは大きく目を見開いた。


「えっ、そ、そんなにはやく?そんなはやく、できるのか?」

「はい。ですが、短く見積もって、ですので少し伸びてしまう可能性もあります。ご了承くださると」

「あ、ああ!それで大丈夫だ!婚約者を迎えに行くのはひと月後だから…そんなに早いなら、本当に助かる、ありがとう…!」

「ははは、まだ喜ばれるのは早いですよ。では、検査をしますので、こちらへ」





 軽い検査を行った後、エトワールはトライスの様子を見てしばらくソファで休むよう勧めた。やつれている様子から疲労が蓄積しているのは見て取れたが、検査したことでトライスはそれ以上に疲労しているのが分かったからだ。

 体力の回復を助ける効果のあるまじないをかけた紅茶と軽い茶菓子を出し、少し待っているようにトライスに告げ、エトワールは自身の薬品調合室―――奥にある自室に引っ込んだ。



「………………結婚……結婚かぁ………はあああぁぁぁぁ………」



 部屋に引っ込んだ瞬間、防音加工をしていることをいいことに、エトワールは大きく溜息を吐いた。

 頭をガシガシとかきながら、「相手は客、相手は客…」と繰り返し、自分の中の雑念を振り払う。


「…ドアを開けたらそこにはめちゃくちゃ好みドンピシャの美女が……と思ってたらコレだよ……あ~~~~……相手いんのかあ…」

『お客の前では丁寧な対応するのが、板についてきたわねアンタ』

「公私は分けるのが信条でね……………いや、いつから居たお前?」

『ついさっきよ。また面白そうなことになってるわね』


 自室の机に手をつくエトワールの目の前に現れたのは黒猫―――ただの猫ではなく、イヌくらいの大きさで、二本足で立って喋る、妖精猫ケット・シーの姿をとった魔女――――知己の仲であるプリンシパルだ。

 金の瞳を細めてからかうように笑うプリンシパルに対し、エトワールは苦々しい顔をする。


「他人事だと思って……こっちは大変なんだぞ」

『とかいって呪い自体の解析はとっくに済んでるじゃないの。さすがね』

「そりゃあ伊達にこの仕事何年も……あ~~、これ呪いだけじゃなくて祝福とかも混ざってんな…厄介だ……ん?」


 検査結果を見て、エトワールの眉間の皺はさらに深くなる。

 そして、あることに気づいて首を傾げた。


「……これ、この祝福ってか、加護…これ本人に元から沁みついてるものじゃ?」

『あらま』

「いや厄介だな~~~……十中八九これかけたの攫った妖精側だろ…」


 トライスは「ひっきりなしに求婚されたり攫われたりする原因」は『性別をかえた呪い』にあると考えていたようだが、これは性別が変わる前からのトライス自身にかかっている〝妖精の加護〟が原因であるとエトワールは理解した。

 妖精というのは、気に入ったものを懐に入れると、そこから二度と出れないように細工を施すのが一般的なのだ。攫ったトライスが妖精たちの手元から離れないよう、妖精の棲む森から外に出ることがないよう、この〝加護〟をかけたのだろう。

 たとえトライスの性別が戻っても、これは解けることはない。


「これだから妖精は………、どう伝えるかな…」


 エトワールはこめかみを抑えて悩んだ。

 おそらくトライスは、この〝加護〟のことなど知らない。だから一人でここまで来て、色んなものを引き寄せる羽目になっている。

 トライスの希望は性別を戻し、妖精の棲む森へ婚約者とともに帰還すること。

 それを叶えるには、薬を提供するだけでは不十分だ。


『性別を戻す薬を渡す前に、邪魔な〝加護〟を取っ払うルーンでも刻んだら?』

「それをすればトライスが妖精たちのところに戻った時に勘付かれるだろ」

『妖精ってば、一度手元を離れたものには興味が薄くなるものよ。〝加護〟がなくなったら、あの子をそのままポイ捨て、なんてあり得るかも』

「おい」

『そうしたら、貴女の元で過ごさせたらいいんじゃない?あの子、純朴そうだし、意外とそっちの方が簡単そうよ?』

「やめろ阿呆。本人の意思を無視するのはが一番嫌いだって知ってるだろ。…それに、〝加護〟を強制的に取っ払って、妖精に睨まれたらかなわない。〝ドルイド〟は中立でいないといけないんだ。…………とにかく、性別は戻せそうだが、『引き寄せる』方はまだどうにもならないとだけ伝えてくる」


 そう言って、部屋を出ようとするエトワールの背に向け、プリンシパルは言葉を投げた。


『アンタもしかして、あの子の婚約者を迎えに行く道中、ついていくとか考えてんじゃないでしょうね?』

「……何か文句でも?」

『自分の発言思い出しなさい。どこらへんが中立なのよ』

「だってさあ!丸く収まるのがそれしかなくないか!?アイツは男に戻れるし、〝加護〟で引き寄せられる奴らから守れば婚約者とやらを迎えに行けるし、そのまま元の居場所まで送り届けたら、無事ハッピーエンドじゃん!?」

『誰にとってのハッピーかは、この際置いておいて…アンタはそれでいいでしょうけど、ここら一帯の「アンタの客」はどうするのよ。店開けておく気?薬屋さん』

「ぐぬう………っ」

『当代の〝ドルイド〟はと~っても優秀だし、そのうえ薬師としての腕もあるってんだから、いなくなったらみ~んな困っちゃうわねぇ』

「ぐ、ぐ………」


 言い返せなくなったエトワールは、逃げるように扉に手をかけた。

 

「と、とりあえず話をするのが先だ。客の意向をちゃんと把握しないとな。話はそれからだ」

『ポーカーフェイスがどこまで続くか見物ね』

「なめるな、何年やってきてると思ってんだ」

『その何年の中で、アンタが色恋にめっぽう弱くて不器用ってことが明らかになってるんだけど』

「ええいうるさい。どうせ見てるんだろ。変な茶々いれるなよ」

『はいはい(…久しぶりにこの子の恋の応援でもしてた方が、私的には楽しいのだけどねえ…)』




 なお、この後リビングに戻ったエトワールは、うとうとしていたトライスの姿を目にして、心臓に衝撃を与えられたかの如く胸を押さえて膝をつきそうになるなどしていた。


 こうして、現代の〝ドルイド〟エトワール・オブライエンは、「取り替え子」の元青年・トライスと出会い、彼からの依頼解決に動き出すのだが――――


その後色々と二人の関係性が変わっていくのは、また、別の話。

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ドルイダス・エトワール 天津 @amatsuMio

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