陰陽の絆 〜前世の記憶と九尾の式神〜
kuni
短編
朝日が昇り始める頃、神社の裏手にある古い屋敷の一室で、賀茂晴明は目を覚ました。窓から差し込む朝日が彼の顔を照らし、彼は静かに起き上がった。十七歳の少年の体には似つかわしくない重厚な眼差しで、彼は窓の外を見た。
「もう朝か...」
晴明は微かに息を吐いた。彼の部屋は質素でありながらも、壁には古い巻物や札が飾られていた。陰陽道の家系に生まれた長男として、彼の生活はいつも修行と学問に満ちていた。
朝の支度を済ませ、彼は神社の裏にある小さな森へと向かった。そこは彼の修行場であり、誰も彼を邪魔しない静かな場所だった。
「コン、出てきなさい」
晴明の声に応じるように、彼の影から一匹の白い狐が現れた。それは普通の狐ではなく、九本の尾を持ち、淡く光を放っていた。
「おはようございます、主様」
狐の声は若い女性のようで、その赤い瞳は澄んでいた。これが晴明の最も信頼する式神、九尾の狐・コンだった。
「今日も修行だ。準備はいいか?」
「はい、いつでも」
コンは晴明の前に座り、彼を見上げた。彼女は人の姿に変化することもできたが、この森での修行では狐の姿を好んでいた。
晴明は両手を広げ、空中に複雑な印を描き始めた。その動きに合わせて、周囲の空気が震え始めた。
「我が名は賀茂晴明、陰陽の道を司る者なり。四方八方の精霊よ、我が声に応えよ」
彼の言葉に呼応するように、森の中に小さな光の粒子が現れ始めた。それらは晴明の周りを舞い、彼の指示に従って動いていた。
コンはその様子を黙って見つめていた。彼女は主人の力を誰よりも知っていた。平安時代から彼に仕えてきた彼女は、晴明の前世の記憶も持っていた。
「主様、もう少し力を込めてください。前世の您ならもっと簡単にできたはずです」
晴明は少し眉をひそめた。「前世の話はするな。今の私は今の私だ」
彼は厳しい口調で言ったが、コンは気にした様子もなかった。彼女は主人の性格をよく理解していた。厳しい言葉の裏に隠された優しさを。
修行が終わると、晴明は学校へ向かった。平凡な高校生活を送る彼だが、クラスメイトたちは彼に対して距離を置いていた。陰陽道の家系に生まれた彼は、他の生徒たちとは明らかに違っていた。彼の周りには常に不思議な雰囲気があり、それが他の生徒たちを遠ざけていた。
「賀茂君、おはよう」
クラスメイトの一人、佐藤という少女が声をかけてきた。彼女は晴明に対して唯一、恐れずに接する生徒だった。
「おはよう」晴明は短く答えた。
「今日も一人で帰る?」佐藤は笑顔で尋ねた。「よかったら一緒に帰らない?」
晴明は少し困惑した表情を見せた。人との関わりに慣れていない彼にとって、このような誘いは対応が難しかった。
「今日は用事がある」彼はそう言って、自分の席へと向かった。
放課後、晴明は急いで家に帰った。今日は特別な日だった。七年に一度訪れる陰陽の交わる夜、彼はある儀式を行う予定だった。
家に着くと、両親が彼を出迎えた。
「晴明、お帰り。今日の準備はできているわよ」
母親の優しい声に、晴明は短く頷いた。彼の両親は陰陽道の力には恵まれなかったが、その知識と伝統を守り続けていた。
「ありがとう、母さん。すぐに準備します」
晴明の声は少し柔らかくなっていた。家族の前では、彼はいつもより心を開いていた。
夕食後、晴明は屋敷の奥にある祠へと向かった。そこには古い鏡が置かれ、周囲には様々な札や護符が飾られていた。
「コン、来なさい」
晴明の声に応じて、コンが人の姿で現れた。長い銀色の髪と赤い瞳を持つ少女の姿だった。彼女は晴明に深々と頭を下げた。
「主様、何でしょうか」
「今夜は陰陽の交わる夜だ。私の前世の記憶を取り戻す儀式を行う」
コンの瞳が大きく開いた。「でも、主様、それは危険です。前世の記憶が全て戻れば、現世での生活が...」
「分かっている」晴明は厳しい目でコンを見た。「だが、これ以上は進めない。前世の力を取り戻さなければ、この世界を守ることはできない」
コンは黙って頭を下げた。彼女は主人の決意を感じ取っていた。
「わかりました。私はいつでも主様のそばにいます」
晴明は微かに微笑んだ。「ありがとう、コン。お前だけが、本当の私を知っている」
彼はそう言って、祠の中央に座り、目を閉じた。
「我が名は賀茂晴明、過去と現在を繋ぐ者なり。封印されし記憶よ、今こそ甦れ」
彼の言葉に合わせて、祠の中に強い風が吹き始めた。鏡が輝き、晴明の周りに光の渦が形成された。
コンは少し離れた場所から、不安そうに主人を見つめていた。彼女は晴明の前世の記憶が甦ることで、彼が変わってしまうことを恐れていた。しかし同時に、真の力を取り戻した主人を見たいという気持ちもあった。
光の渦が晴明を包み込み、彼の意識は徐々に過去へと引き戻されていった。
平安時代、彼は最も力のある陰陽師として恐れられ、そして敬われていた。妖怪たちを従え、国を守る存在だった。
記憶の断片が洪水のように彼の心に流れ込んできた。
そして、突然全てが止まった。
晴明は目を開けた。彼の瞳には新たな光が宿っていた。
「思い出した...」
彼の声は低く、しかし力強かった。
「コン、私の元に来なさい」
コンは恐る恐る晴明に近づいた。「主様...?」
晴明は静かに手を伸ばし、コンの頭に触れた。
「ありがとう、永い間傍にいてくれて」
その言葉に、コンの目から涙がこぼれ落ちた。
「主様!本当に...記憶が?」
「ああ、全てではないが、重要な部分は戻った」晴明は立ち上がり、窓の外を見た。「そして、あの時の敵も再び動き始めている」
コンの表情が引き締まった。「鬼族の長ですか?」
「そうだ。彼らは再び現世に現れようとしている。我々は準備しなければならない」
晴明は祠を出て、空を見上げた。満月が彼の姿を照らしていた。
翌日の学校で、晴明は街の異変に気づいていた。電柱に止まる鳥の不自然な動き、道端の花の色の変化、そして人々の顔に浮かぶ微妙な不安の影。
昼休み、彼は一人で屋上に上がった。そこならば、誰にも邪魔されずに周囲の気配を探ることができた。
「コン、出てきなさい」
人目のない屋上で、コンは狐の姿で現れた。
「主様、学校中に不穏な気配を感じます」彼女は耳を立てながら言った。「特に古い校舎の方向から」
晴明は黙って頷き、その方向を見た。古い校舎は使われなくなって久しく、立ち入り禁止になっていた。
「放課後、調べに行こう」
授業終了のチャイムが鳴ると、晴明はすぐに席を立ち、古い校舎へと向かった。
「あの、賀茂君!」佐藤が彼を呼び止めた。「あっちは立ち入り禁止だよ」
晴明は振り向き、彼女をじっと見た。「心配しなくていい」
古い校舎に近づくと、不吉な気配がさらに強くなった。廃墟のような建物の前で、晴明は立ち止まった。
「コン、感じるか?」
「はい」コンの声は緊張していた。「中に何かいます」
晴明は慎重に校舎の入り口に近づいた。錆びた扉を開けると、中は薄暗く、埃と湿気の匂いがした。
暗闇から一人の男が現れた。一見すると普通の中年男性に見えたが、その目は赤く光り、不自然な笑みを浮かべていた。
「人の姿をしているが...」晴明は冷静に観察した。「鬼族の下級兵士か」
男は大きく笑った。「さすがは賀茂晴明の生まれ変わり。すぐに分かるとはな」
晴明は表情を変えなかった。「何のために現れた?」
「挨拶だよ、若き陰陽師殿」男は皮肉な口調で言った。「我らの主が再び動き出した。今度こそ、この世界は我らのものになる」
「そうはさせない」
晴明は右手を上げ、空中に印を描いた。「顕われよ、我が式神」
彼の言葉に応じて、コンが彼の前に現れた。今や彼女は完全な九尾の姿となり、その体は淡い光に包まれていた。
「主様、ご命令を」
男の体が変形し始め、中から角と牙を持つ赤い鬼の姿が現れた。
「死ねぇ!」
鬼は晴明に向かって飛びかかってきた。しかし、コンはそれより速く動き、鬼の前に立ちはだかった。
「主様に近づかせはしない」
コンの九本の尾が広がり、炎のようなエネルギーを放った。鬼は悲鳴を上げながら後退した。
晴明は落ち着いた様子で呪文を唱え始めた。彼の言葉に合わせて、空気中に光の鎖が現れ、鬼の体を縛り付けた。
「答えなさい」晴明は鬼に近づいた。「誰の命令で動いている?」
鬼は抵抗したが、ついに口を開いた。「...南の寺院だ。我らの主は南の古い寺院に...」
言葉を最後まで言う前に、鬼の体が内側から燃え上がり、灰になって消えた。
「遠隔操作で抹殺か...」晴明は冷静に観察した。「情報漏洩を恐れたのだろう」
コンは人の姿に戻り、晴明の隣に立った。「南の寺院...それは」
「ああ、恐らく廃寺になったあの場所だ」晴明は考え込むように言った。「かつて強力な結界があった場所...」
二人が話しているところに、突然の足音が聞こえた。
「誰かいるの?賀茂君?」
佐藤の声だった。彼女は心配して後をついてきたのだろう。
「コン、姿を消しなさい」
コンはすぐに姿を消した。晴明は冷静に扉の方を向いた。
佐藤が恐る恐る顔を覗かせた。「あ、やっぱり賀茂君だ。何してるの?」
「少し調べ物をしていた」晴明は短く答えた。
「そう...」佐藤は少し戸惑った様子だったが、突然真剣な表情になった。「実は私、賀茂君に話があって...」
晴明は彼女の様子に違和感を覚えた。「何だ?」
佐藤は周囲を見回し、小さな声で言った。「私も、少しだけど陰陽の力が見えるの。さっきから、この校舎に何か邪悪な気配を感じて...」
晴明の目が大きく開いた。佐藤は普通の女子高生ではなかったのだ。
「あなたにも見えるのか」晴明は佐藤をじっと見つめた。
佐藤はおずおずと頷いた。「小さい頃からなの。でも両親は気のせいだって...だから賀茂君に興味があったの。あなたなら分かってくれるかなって」
晴明は考え込むように腕を組んだ。「なるほど。だから私に近づいていたのか」
「そうじゃないの!」佐藤は慌てて言った。「私は本当に賀茂君のことが...」
その時、突然地面が揺れ始めた。校舎全体が軋むような音を立てた。
「これは!」晴明は佐藤の腕を掴んだ。「急いで外に出るぞ!」
二人が校舎から飛び出すと同時に、建物の一部が崩れ落ちた。そこから巨大な影が立ち上がった。
「鬼族の中級戦士か...」晴明は佐藤を後ろに下がらせた。「佐藤、ここから離れろ」
「でも!」
「議論している暇はない!」晴明の声は厳しかった。
佐藤は渋々と頷き、安全な場所に移動した。
「コン、出てきなさい。本気で行くぞ」
コンが九尾の姿で現れると、鬼は低い唸り声を上げた。
「陰陽師め...主の復活を邪魔させはせん!」
鬼は拳を振り上げ、地面に叩きつけた。衝撃波が広がり、周囲の木々が折れた。
晴明は素早く札を取り出し、空中に投げた。「八方結界!」
札が光を放ち、透明な結界が形成された。鬼の攻撃はそこで止まった。
「コン、行け!」
コンは轟くように唸り、九本の尾から青白い炎を放った。炎は鬼の体を包み込み、鬼は苦しそうに叫んだ。
「これで終わりだ」晴明は両手を合わせ、呪文を唱えた。「陰陽の理により、邪悪なるものを裁く!」
鬼の体が光に包まれ、悲鳴と共に消えた。
戦いが終わると、晴明はふらついた。前世の記憶が完全ではない彼には、まだ力の制御が難しかった。
「主様!」コンが人の姿に戻り、晴明を支えた。
「大丈夫だ...」晴明は深呼吸をした。「だが、これは始まりに過ぎない。南の寺院に行かなければ」
佐藤が走り寄ってきた。「賀茂君、大丈夫?あれは...何だったの?」
晴明は彼女を見つめた。「鬼族だ。この世界を滅ぼそうとしている存在だ」
「私も一緒に行く」佐藤は決意に満ちた声で言った。「力は小さいかもしれないけど、私にもできることがあるはず」
晴明は断ろうとしたが、彼女の目に宿る決意を見て考え直した。「...分かった。だが危険だ。覚悟はあるな?」
佐藤は固く頷いた。
家に戻った晴明は、両親に状況を説明した。
「南の廃寺に行く必要がある」
両親は心配そうにしていたが、息子の決意を知り、止めはしなかった。
「これを持っていきなさい」父親は古い箱を差し出した。「先祖代々伝わる八つの陰陽器の一つだ。お前なら使いこなせるだろう」
箱の中には「陰陽鏡」と呼ばれる古い鏡があった。それは不思議な光を放っていた。
「ありがとう、父さん」晴明は珍しく感謝の言葉を口にした。
翌日、晴明、コン、そして佐藤の三人は南の廃寺へと向かった。
山奥にある廃寺は、長い間人が訪れていなかった。苔むした石段を上り、朽ちかけた山門をくぐると、不吉な気配が強くなった。
「ここだ...」晴明は周囲を見回した。「鬼族の結界が張られている」
佐藤は震える手で晴明の袖を掴んだ。「私にも感じる...冷たい空気が」
コンは狐の姿で前方を警戒していた。「主様、中央の堂に強い気配があります」
三人は慎重に本堂へと向かった。扉を開けると、そこには巨大な石碑が置かれていた。石碑には複雑な模様が刻まれ、赤い光を放っていた。
「これは封印だ」晴明は石碑に近づいた。「しかし、既に半分は解かれている」
突然、地面から無数の手が伸び、三人を掴もうとした。
「危ない!」晴明は素早く札を投げ、結界を張った。
「賀茂晴明...ついに来たか」
低く響く声が本堂に満ちた。石碑の前に、一人の男が現れた。しかし、それは人間ではなかった。赤い肌に角を持ち、黒い鎧のような外皮を身にまとっていた。
「鬼族の将、赤禍...」晴明は男の名を呟いた。
「覚えていたか」赤禍は不敵に笑った。「前世の記憶が戻りつつあるようだな」
「お前たちの目的は何だ?」晴明は鋭く尋ねた。
「我らの王を復活させることだ」赤禍は石碑を指した。「かつてお前が封印した我らの王、赤煉を」
「そんなことをさせるか!」晴明は陰陽鏡を取り出した。「この鏡の力で封印を強化する」
赤禍は笑った。「遅い!既に儀式は始まっている」
石碑の赤い光が強くなり、本堂全体が揺れ始めた。
「コン、佐藤を守れ!」晴明は命じ、鏡を高く掲げた。
「我が名は賀茂晴明、陰陽の道を司る者なり。先祖の力を借り、邪悪なる封印を閉ざさん!」
陰陽鏡から強い光が放たれ、石碑に向かって伸びた。しかし、赤禍が間に入り、光を遮った。
「甘い!」赤禍は晴明に向かって飛びかかった。
「主様!」コンが間に入り、九尾の姿で赤禍を迎え撃った。二つの力がぶつかり合い、強い衝撃波が広がった。
佐藤は怯えながらも、勇気を出して両手を前に出した。「私にも、できることが...」
彼女の手から弱い光が放たれ、晴明の力に加わった。
「佐藤...」晴明は驚いた表情を見せた。
「私の祖先も陰陽師だったの」佐藤は必死に力を維持しながら言った。「小さいけど、力を継いでいるの!」
三人の力が一つになり、赤禍を押し返した。しかし、石碑の封印は既に弱まっていた。
「もう少しだ!」晴明は全力を注いだ。
突然、本堂の床が割れ、そこから巨大な手が現れた。それは石碑の封印が解け始めた証だった。
「王の復活を止めることはできん!」赤禍は高らかに笑った。
晴明は決断した。「コン、佐藤、下がれ!最後の手段を使う」
コンの目が大きく開いた。「主様、それは!」
「他に方法はない」晴明は静かに言った。
彼は懐から古い札を取り出した。それは彼の血で書かれた特別な札だった。
「我が血と魂を懸け、時を封じん!」
札が光を放ち、本堂全体が時間の渦に包まれた。赤禍の動きが遅くなり、石碑からの力も弱まった。
「この間に逃げろ!」晴明は叫んだ。「私はここで封印を完成させる」
「嫌です!」コンは涙ながらに抗議した。「また主様を失うことはできません!」
佐藤も驚愕の表情だった。「賀茂君、一緒に戻ろう!」
晴明は微笑んだ。「心配するな。前世とは違う。今度は必ず戻る」
彼は二人を外に押し出し、本堂の扉を閉めた。
「賀茂君!」佐藤の叫び声が扉の向こうから聞こえた。
晴明は深呼吸し、全ての力を集中させた。時間の渦の中で、彼は石碑に向かって歩み寄った。
「鬼族の王よ、二度とこの世界に現れることなかれ」
彼の魂の力が解き放たれ、本堂全体が眩い光に包まれた。
本堂から爆発的な光が放たれ、廃寺全体を包み込んだ。コンと佐藤は遠くから、茫然とその光景を見つめていた。
「主様...」コンの目から涙が止めどなく流れ落ちた。
「賀茂君が...」佐藤も声を詰まらせた。
光が収まると、廃寺は静寂に包まれていた。本堂はほとんど崩れ落ち、瓦礫の山となっていた。
「行きましょう」コンは決意の表情で言った。「主様を見つけないと」
二人は急いで瓦礫の山に向かった。必死に石を退けながら、晴明を探した。
「ここだ!」佐藤が叫んだ。瓦礫の隙間から、かすかに手が見えていた。
二人で力を合わせて瓦礫を取り除くと、晴明が横たわっていた。彼は意識を失っていたが、かすかに呼吸をしていた。
「主様!」コンは喜びの涙を流した。
「生きてる...よかった」佐藤も安堵の表情を見せた。
彼らは晴明を慎重に運び出し、近くの清流で顔を拭った。しばらくすると、晴明はゆっくりと目を開いた。
「コン...佐藤...」
「主様!無事で」コンは晴明の手を握りしめた。
「石碑は?」晴明は弱々しく尋ねた。
「完全に砕け散りました」コンは答えた。「赤禍の姿もありません」
晴明は安堵の表情を見せた。「そうか...成功したのか」
彼はゆっくりと起き上がろうとしたが、力が入らなかった。
「無理しないで」佐藤は心配そうに言った。
「大丈夫だ」晴明は微笑んだ。「少し休めば...」
その時、晴明の体が淡く光り始めた。彼の記憶が完全に戻る兆候だった。
「記憶が...全て戻ってくる」
晴明は目を閉じ、流れ込んでくる記憶の波に身を任せた。平安時代の全ての記憶、彼がどのようにして鬼族の王を封印したか、そしてコンとの出会いと契約の真実が明らかになった。
「コン...」晴明は目を開け、彼女をじっと見つめた。「ようやく全てを思い出した。私たちの最初の出会いを」
コンの表情が柔らかくなった。「主様...」
「お前は単なる式神ではなかった」晴明は静かに言った。「平安の時代、お前は私の命を救うために自らの力を分け与えてくれた。そして私が転生した後も、ずっと見守っていてくれた」
コンは頷いた。「主様が再びこの世に戻られると信じていました。だから、どんなに長い時を経ても、主様のそばにいることを誓ったのです」
佐藤は二人のやりとりを驚きながら見ていた。「賀茂君と九尾の狐が、そんな深い絆で結ばれていたなんて...」
晴明はゆっくりと立ち上がった。「佐藤、お前にも感謝したい。お前の力が無ければ、私は戻ってこられなかった」
佐藤は照れた様子で頭を下げた。「私なんて、大したことはできなかったけど...」
「いや、お前の中には強い陰陽の力が眠っている」晴明は真剣な眼差しで言った。「かつての陰陽師の血を引いているからだ。もしよければ、私が修行を手伝おう」
佐藤の目が輝いた。「本当に?それって...すごく嬉しい!」
三人は廃寺を後にし、帰路についた。道中、晴明は完全に戻った記憶を整理していた。彼の前世での使命、そして現世での新たな役割が明確になってきた。
「鬼族の王は完全に封印されたわけではない」晴明は二人に告げた。「私たちはまだ、残された"陰陽の八器"を集める必要がある」
「陰陽の八器...」コンは頷いた。「それが集まれば、完全な封印が可能になるのですね」
「そうだ」晴明は決意を込めて言った。「これからが本当の戦いの始まりだ」
家に戻ると、両親は心配そうに待っていた。晴明の姿を見て、彼らは安堵の表情を見せた。
「無事で良かった」母親は涙ぐみながら言った。
晴明は珍しく両親を抱きしめた。「ありがとう、父さん、母さん。これからも力を貸してほしい」
両親は驚きながらも、晴明の肩を優しく叩いた。「もちろんだよ。私たちにできることなら何でも」
翌日、晴明は学校に戻った。クラスメイトたちは彼の変化に気づき、以前より少し距離が縮まったように感じた。
放課後、晴明と佐藤は校舎の裏で待ち合わせた。
「これから修行を始めよう」晴明は佐藤に告げた。「簡単ではないぞ」
佐藤は決意に満ちた表情で頷いた。「覚悟はできてる。賀茂君と一緒に、この世界を守りたい」
晴明はわずかに微笑んだ。「コン、来なさい」
コンが人の姿で現れた。「はい、主様」
「これからは三人で戦っていくことになる」晴明は二人を見渡した。「私の前世の使命を、現世で果たすために」
三人の前に、新たな冒険の道が広がっていた。陰陽の八器を求めての旅、そして待ち受ける鬼族との戦い。
晴明は空を見上げた。かつて自分が守ろうとした世界は、今も彼を必要としていた。そして今度は、彼の側には二人の大切な存在がいる。
「行こう」晴明は静かに言った。「私たちの物語は、ここから始まる」
コンは主人の隣に寄り添い、佐藤も笑顔で頷いた。三人の絆は、これからの試練を乗り越えるための最大の力となるだろう。
暮れゆく空の下、彼らの影は一つに重なり、やがて来る闇に立ち向かう決意を示していた。
それは現世と過去を繋ぐ絆の物語。陰陽の道を歩む少年と、彼に永遠の忠誠を誓う九尾の狐、そして新たに加わった仲間との、終わりなき旅の始まりだった。
【終】
陰陽の絆 〜前世の記憶と九尾の式神〜 kuni @trainweek005050
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