ファイヤーボール

草森ゆき

ファイヤーボール

 消えない炎に全身を包まれながら生まれたあなたは妖精として一生半人前だと決められているようなもので、親は卵に命を吹き込んだこと自体を後悔してしまい誕生から一日も経っていないのにあなたをその場に置き去りにして別の森、あるいは湖、あるいは洞窟、妖精が恐る恐る暮らしているどこかへと行ってしまったからいちばんはじめに覚えた心は孤独の凍えだったけど、ずっと炎に包まれているため折り重なった寒さによって死ぬ心配はなかった上に行き場をなくし早々と人里へ降りていったので、商品にしようとあなたを捕まえた行商人により妖精ではない生が両手を広げた。

 あなたは店先でぽつねんと燃えていた。

 火事にならないよう周りには何も置かれずにいたけど、燃える妖精と大々的に打ち出されたので見に来る客は多かったしあなたは自分がひとりではないのだと安堵しながら燃え、浮かび、火の粉を舞わせ、人々の興味関心を惹いていた、にもかかわらず中々売れはしなかった。

 妖精は花の蜜だとかやわらかい若葉だとか美しい水だとかを食事にしていると思われていたが本当は違った。

 あなたを買ったのは郊外に暮らすある老夫婦で明かりとして燃える妖精を必要とし、数日は重宝して出先に連れていき辺りを照らさせていたのだけれど、食事が欲しいとあなたが訴えたところでこれは道具ではなく生き物だったと老夫婦ははっとして、妖精なのだからと開いた花や朝一番の露を与えようとしたがあなたは食べなかった、食べられなかった、自分が食べるものは動物の毛や薄皮ですと伝えた。

 老夫婦は気味悪がってあなたを遠くの森に置き去りにした。

 森の中は生き物の気配がほとんどなくてあますところなく暗かったけどあなたはずっと燃えているから強制的に照らされて明るくなり、そうすると少しずつ生き物の姿が増え始めて虫や鳥や魚や獣があなたの灯りを頼りにし、あるいは貰い火をして森の一帯に住処を築いた数年後、森に増えた生き物を人間が狩りに来た。

 逃げ惑う鳥や獣をあなたは助けた。助けようとした。

 力を振り絞り最大の火力で撒いた炎は森を一気に焼き尽くし、炎を出し切ったあなたはもう燃えないまま生きていけるけれど周りはすべて灰だった。

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ファイヤーボール 草森ゆき @kusakuitai

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