ありかなしか
クロノヒョウ
第1話
今、私の頭上で天使と悪魔が言い争いをしている。
正直言ってうるさい。
きっかけは、彼が私に言った言葉だ。
『君は僕の妖精だよ』
付き合い始めて一ヶ月の彼の家に初めてお泊まりをした。
目が覚めるとすでに起きていたのか隣で寝ている彼が私を見つめていた。
そして爽やかな笑顔で言ったのだ。
『おはよう、僕の妖精さん』
そのセリフはヤバい、と思った瞬間、案の定私の頭の中から天使と悪魔が出てきた。
「おいおいおい、妖精ってどっちかっつうと悪魔よりなんだぜ。てことはあれか、美晴は悪魔って言われたのと同じか。ハッハッハ」
「はぁ!? 何言ってんのよ、妖精は天使に近いに決まってるでしょ! 小さくて可愛らしくて美しいの」
私はゆっくりと体を起こしてため息をついた。
頭の中にいる天使と悪魔。
私は小さい頃から彼らの姿がみえるのだ。
「美晴ちゃん?」
「あ、おはようございます」
私は頭をかかえながら小声で彼にそう言った。
「ハハッ、美晴ちゃんは朝が弱いんだね。コーヒーいれてくるから待ってて、妖精さん」
彼、神山さんは起き上がると私の頭をポンポンしてからベッドルームから出ていった。
「ちょっと、こんな時に出てこないでくれる?」
私は頭上の二人を見上げてにらみつけた。
「なあ美晴、あいつ気持ち悪いよな? 何が『妖精さん』だよ。妖精はずる賢くて性格悪いっつうの」
「だぁかぁらぁ、妖精は天使よりなんだってば。勝手に妖精を悪魔にしないでくれる? ねえ、美晴」
「もう、どっちでもいいから早く帰って!」
私は小声でそう叫んだ。
「美晴、正直に言っちゃえよ。『お前気持ち悪いんだよ』ってさ」
「ダメよ美晴。神山さんはすっごく優しくて紳士な大人なの! こんなに愛されてるんだから幸せじゃない」
「でも『妖精さん』はねえだろ『妖精さん』は」
「ありよ、あり! 美晴のことが可愛くてたまらないのよ」
「どうすんだよ、人前で『妖精さん』なんて呼ばれたら。オエッ、気色悪りぃ」
「神山さんはそんなことしないわよ。人前ではクールオーラ全開なんだから」
「わかったわかった。もう二人とも帰ってってば」
私がそう言って布団の中に潜り込んだと同時に彼が戻ってきた。
「コーヒーはブラックでよかったよね」
「あ、はい」
頭上の二人はどうやら帰ってくれたようだ。
私は起き上がりコーヒーを受け取った。
確かに『妖精さん』はちょっとキモいと思った。
でも彼にすごく愛されているという想いは伝わってくるしそれは心地が良い。
「あのさ、さっきは『妖精さん』なんて言ってごめん」
「え?」
私は驚いて神山さんの顔を見た。
「いや、よく考えたらさ、急に『妖精さん』なんて言われても困るよなって思ってさ」
ああ、それで少し申し訳なさそうな顔をしているのか。
「あまりにも美晴ちゃんが愛おしくて、つい言っちゃったんだ。あ、なんかごめん。気にしないで」
顔を赤らめ頭を下げる神山さん。
そんな神山さんがとても可愛く見えた。
「ふふ。確かに、妖精さんはないですよぉ」
「そう、だよね」
「でも、その気持ちは嬉しかったです」
「ほ、本当に?」
私は神山さんを見つめながら「はい」と言って頷いた。
「よかったぁ。もう嫌われたかと思ったぁ。美晴ちゃんは僕の天使だよ」
いやいやいや、そのセリフは。
と思った瞬間だった。
私の中の天使が頭上に現れた。
「美晴が天使ですって? うん、まあ、悪くないわね」
天使がそう言ったかと思うと、頭上にもうひとり、天使が現れたのだ。
「今度は大丈夫よね?」
「あら、あなたは彼の天使さん?」
なんと、私には神山さんの天使も見えていたのだ。
「はじめまして。彼ったら大好きな美晴ちゃんと付き合えて浮かれちゃって」
「あら、いいのよいいのよ。美晴もこんなに愛されてて嬉しいんだから。ね、美晴」
私は聞こえないふりをして神山さんを見た。
大丈夫、彼は嬉しそうにコーヒーを飲んでいる。
「とにかく、これからよろしくね」
「こちらこそ。フフフ」
何はともあれ、神山さんが何も気づいていないことにほっとした。
「ん? どうかした?」
「あ、いえ」
私の視線に気づいた神山さんが私を見て優しく微笑む。
私は慌てて持っていたコーヒーをひとくちすすった。
「おいしい」
「本当に? よかったぁ」
たまに変なことを言い出す神山さんだけど、そんなところも可愛く思える。
他人の天使がみえたのも初めてだし、私の天使と神山さんの天使も仲良くなれそうだし、これから末永くお付き合いできそうだ。
私はおいしいコーヒーと神山さんの大きな愛で胸があたたかくなるのを感じていた。
完
ありかなしか クロノヒョウ @kurono-hyo
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