第33話
「ついてくるのは分かった。でも、スティフベアを見つけたら君はすぐに帰ること」
「どうしてですか? それじゃ意味がないじゃないですか」
端的に言うセシリアに、レナがかみつく。譲るつもりがないことがその声音に籠っていた。レナには分かっているのだろう、セシリアは一人にすれば、その命を以て目的を成し遂げてしまうことを、成し遂げてしまえることを。
「僕だって君を守り切れない」
もちろん、セシリアにだって言い分があった。ただレナの覚悟は生半可なものではなかった。
「セシリアさん、怒りますよ?」
「くぅ」
上目遣いでセシリアを覗くレナ。静かに、問いかけるように言われてしまえば、セシリアはどうしようもなかった。セシリアはどうしてか、レナに強く出られないのだから。
そもそもセシリアの作戦からして、レナの助けは願ってもないことだった。その力を頼ることができるのであれば、あるいは作戦の成功率が上がるかもしれない。故にセシリアも本当のところで拒みきれない。
「じゃあせめて隠れてはくれるね? きっと君を頼る時がくるから」
「はい!」
満面の笑みを浮かべ、はつらつと答えるレナ。これから向かう先が死地であると分かっているのかと問い質したくなるほどだ。ただ、セシリアはその言葉を飲み込み、代わりに一つ大事な約束を取り付ける。
「でも、レナ。これだけは約束してほしい」
「なんです?」
「もし僕が死んだら、すぐにその場を離れて逃げること」
「っ、それは」
「誓えるね? 誓えないならここで置いていく」
セシリアは知っている。自分が決して特別でないことを。最悪は起こり得るのだ。だが、そのときにレナまでも、自分の我が儘に付き合わせてレナまで死んでしまうことなどあってはならない。
影の差したセシリアの微笑みに、レナは思わず唾を呑んだ。レナも覚悟はしていた、ただそれは理想への覚悟だった。迎えたくない最悪への覚悟ではなかった。長い沈黙の後、レナはそれでも、答えを出して見せた。
「……分かりました」
「ありがとう。そんな顔しなくても大丈夫さ。僕も死ぬ気はないから」
長い沈黙は向き合った証左。だからきっと、
——これで大丈夫
レナは、約束を違える子ではない。そうであるかはセシリアには分からないが、そうであってほしいと信じている。それだけで良かった。
「さて、それじゃあすぐ出られるかい?」
後顧の憂いは晴れた。だから今度は明るく笑って言った。
◇
「今、どこに向かっているんですか?」
足取り軽くすたすたと歩くセシリアの後を、レナが小走りで追う。ちらほらと人が出てきたばかりの街は昼の喧騒を忘れ、レナの問いかけが小さく響いていた。森への道とは外れた道を行くセシリアはその問いかけに振り返ることなく答えた。
「少し取りにいかなければならないものがあってね」
作戦の最後のピース、それを受け取りに行く必要があった。昨日頼んだばかりのもの、出来上がっているかどうかは微妙なところであったが、そこは相手を信じるしかない。もし、完成していなくとも行かざるを得ないのだから。
「あっ、ここテオ爺の」
追いかけるようにして歩いた末に辿り着いたのは一番初めにレナがセシリアに案内した場所。ここに、最後のピースがあった。
「では、少し前で待っててくれ。すぐ戻る」
「えっ、ちょっと」
止める間もなく、セシリアはすっと入っていく。そう釘を指されてしまえば、レナは外で待つ他ない。ただ手持ち無沙汰となるかと思えば、数分もしないうちにセシリアは出てきた。その様相に違いが見られず、疑問が口を衝いて出る。
「何を受け取ったんですか?」
「ん? ああ、これをね」
セシリアは腰に収めた二振り目の剣を指差した。元々セシリアが持っていた剣と比べ、否、大抵の剣と比べても、軽そうで、頼りなさそうな細身の剣がそこにはあった。
そんな装備で大丈夫なのかとレナは心配であったが、『彼の仕事の速さには感謝しなければな』というセシリアの言葉に口を噤んだ。
「これで準備は整った。疾く森へ向かおう」
「はい」
レナとのやりとりもあり、予定より遅くはなってしまったが、それでも未だ早朝。目覚め始めたばかりの街の人通りは少なく、トントン拍子で歩を進めていく。そうして、森の入り口に出れば、急ごしらえで置かれたであろう立て看板がぽつねんと立っていた。
「立ち入り禁止、冒険者ギルド、か」
ご丁寧にギルドのマークの印もされてある。雑な仕事ではあるが、確かに正式な冒険者ギルドによるお達しであった。印象に反し、規則に厳しいギルドのことである、これを破ればどうなるか、セシリアも分かっていた。
「セシリアさん」
足を止めたセシリアに追いついたレナが言う。ただ名前を呼ぶだけの行為にどれだけの思いが込められていたか。
「進もう」
「はい」
間髪入れないセシリアの答えに、レナも逡巡なく応じる。そうして二人は、禁断の地に足を踏み入れた。
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