妖精なんかじゃない。

夕藤さわな

第1話

 ふわふわの薄茶色の髪に白い肌。小柄だけどすらりと長い手足。

 羽が生えているかのような軽い足取りで踊り、高く澄んだ、でも、力強い声で歌う。

 パフォーマンス中はいっそ近寄りがたいほどに神秘的な雰囲気をまとうのに、トークやMCになると見せるふにゃっとした笑みは春に咲く花のように愛らしい。


 今をときめく人気アイドル・小野崎 小春はその愛らしい姿から〝妖精〟と呼ばれていた。

 ちなみに――。


「風呂上がりに食べようと思ってたアイスがなくなってるじゃねえか!」


「妖精さんの仕業じゃない?」


 家ではいけしゃあしゃあと〝妖精〟を自称している。

 いや――。


「左手にアイスを持って、スプーンをくわえて、堂々としらばっくれてるんじゃねえよ! 当の妖精さんがよぉー!」


「私、妖精さんなんかじゃないもーん」


 否定してる、のか?


 今をときめく人気アイドル・小野崎 小春はソファの上に体育座りをしてツーンとそっぽを向いた。冷蔵庫や冷凍庫、戸棚に入っているおやつを勝手に盗み食いする食い意地の張ったイタズラ妖精だ。油性ペンで名前をでかでかと書いても効果はない。


「騒がれるのがイヤってんならコンビニくらい行ってきてやるからよぉ! 楽しみに買っておいたアイスを勝手に食べるなって!」


「マネージャーさんにお願いすればコンビニで売ってるアイスくらいすぐに食べれるから大丈夫ー」


「だいじょうぶー、じゃねえよ! 勝手に食べるなっつってんだよ! アイドル業で稼いでるんだからもっといいアイスを自分用に買ってこい! なけなしのバイト代で買ってきた俺のアイスを! 食べるな!」


「アキにいが買ってきたアイスがいいー。おいしー」


「人が楽しみにしていたアイスを横取りすることでしか味わえない背徳の味だな、ええーおい!」


「そうだね、蜜の味。……人の不幸は」


「本性を現しやがったな、この妖怪が! 妖精って言うより妖怪だ! 妖怪・アイスめ!」


 スプーンをぺろぺろ舐めて小春はうひひ、と歯を見せて笑う。


「そうだよ、妖精なんかじゃないよ。アキ兄の前では私……」


 義理の妹。ただの女の子。

 そんな言葉は唇を噛んで飲み込んで――。


「妖怪・アイス舐め、なんだから」


 小春はそう言ってニヒッと歯を見せて笑ったのだった。

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