第13話 露呈してはいけない計画
「聖城さん、例の件は順調なんですよね?」
成海誠二が尋ねる。
聖城は笑顔で答える。
「ええ、順調に進んでおりますよ。成海さん」
「胡桃はアイドルになれそうですか?」
瑠美菜と胡桃の父、誠二は不安そうに問う。
「胡桃さんは間違いなくなれますよ。素質は充分です」
「その言い方だと、瑠美菜には素質がないように思えるが」
誠二は腕を組み、眉間に皺を寄せる。
それでも聖城は笑顔を崩さず、飄々と言い放つ。
「都合の良いバンカーを用意しております。そちらも問題ありません。それに、瑠美菜さんに関しては上手くいかない方が都合いいんですよ。時間はかかりますが、その方が胡桃さんよりも期待値は上です。そうですよね?」
「そうだが……この計画がばれたら全て台無しになるんじゃないですか?」
「ええ、そうですね」
「そうですねって……。その都合の良いバンカーっていうのがこの計画に気づく可能性があるんじゃないですか?」
誠二は額に汗をかき、目を泳がせる。
「気づいたとしても、彼はこのことを口外できない」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
聖城は目を細め、鋭い目つきをする。
「彼には言うことができない。なぜなら、彼自身の利益にも関わるからです。彼は自分の利益に反することはできない」
「そんなの憶測にすぎないでしょう」
たしかに誠二の言う通りだと聖城は心の中で思う。
もし、仁がこの件について真実にたどり着いた場合、どうなるかはわからない。
でも、だからこそ、この件にはそれだけの価値がある。
真実にたどり着いたとき、彼がどういった選択をするのか、聖城はそれを見たかった。
それが聖城の目的だった。
目の前にいる顧客がどうなろうが知ったことではない。
胡桃に、瑠美菜。そして仁。彼らがどのような選択をするのかをこの目で見たい。
そのためだったら、手段は問わない。
それが、聖城真白だ。
憶測に過ぎない。
それでも、それだからこそ聖城にとっては都合が良かった。
「きっと、すべて上手くゆきます」
「……不思議ですよ。キミがそう言うと本当に上手くゆきそうだ」
「そう言っていただけると光栄です。それでは今宵はお暇させていただきます」
「はい。また何かあったら連絡してください」
「ええ、夢が輝く未来を願って」
聖城はそう言って、誠二に手を差し出す。
誠二は手をとり、握手を交わす。
とても信頼できる人物だと、誠二は確信していた。
× ×
週末の放課後、夕日が差し込む前の少し寂しい時間。
瑠美菜はそわそわしていた。
仁に話すべきかどうか悩んでいた。
しかし、話さないわけにはいかない。
なんたって、仁は瑠美菜の支援者なのだから。
相変わらず放課後すぐにパソコンを開き、厳しい視線を向ける仁は話しかけづらかった。
以前話しかけたときには厳しい態度をとられたことが瑠美菜にとっては軽くトラウマになっていた。
それでも話しかけなきゃと瑠美菜は決意する。
瑠美菜は仁の席に近寄る。
――やっぱり話しかけづらい……。
瑠美菜は仁の様子を見やる。
オールバックに眼鏡を掛け、眉間に皺を寄せ、パソコンを操作する姿は本当に自分と同い年の同級生とは思えない。
仁の周りをくるくると回る。
異様なオーラを放っているようだ。
くるくる、くるくる。
「…………なんだ」
瑠美菜の挙動不審な行動に仁はしびれを切らし、口を開く。
「いや、その~、お邪魔だったらいいんだけど……」
できれば積極的に話したくはないと瑠美菜は臆する。
「ああ、お邪魔だ」
「やっぱり、そうだよね……」
瑠美菜は仁の席の前で手をもじもじとさせながら居据わる。
「……さっさと要件を話せ」
その様子を見かねて、仁は話しかける。
「ああ、うん、ごめんね。ちょっと報告したいことがあって」
「なんだ」
仁は素っ気なく返事をする。
腕を組み、真っ直ぐ瑠美菜を見つめる。
――あれ? いつもならパソコンから目を離さず、ただ聞くだけなのに。今日はちゃんと話を聞いてくれるんだ。今日は機嫌がいい? 週末何かいいことがあったのかな?
「その、アイドル事務所の書類選考が通ったんだ」
「それはよかったな。それで?」
「うん、それで、次の面接の前に自分でプロモーションビデオを撮らないとならないんだ」
「今はそんなオーディション方式があるのか。知らなかったな。悪い、俺の勉強不足だ」
「ううん、それでね、よかったら桐生くんに協力してほしいんだ」
ダメ元で聞いてみる。
仁が忙しいのは瑠美菜もわかっている。
わざわざ自分に時間を費やすことはないだろう。
「了解した」
「やっぱりダメだよね……。えっ! いいの?」
てっきり断られると思っていた瑠美菜は目を見開く。
「当然だ。俺はお前の担当だ。お前がアイドルになるのを協力しないわけがないだろう」
本来、バンカーが顧客の活動に直接関わることは少ない。プロデューサーやコーチ、アドバイザーを用意することはあっても、バンカーが、ましてや多忙な仁が瑠美菜の活動に協力することはまずあり得ない。しかし、仁にとって瑠美菜は単なる顧客ではなかった。
瑠美菜にはまだ見えていない素質がある。仁はそれを一日もでも早く確かめたかった。瑠美菜のアイドル活動の一件に関わることで何かを知ることができるかもしれないと仁は判断した。
「あ、ありがとう」
厳しい口調で言われるがやっぱり仁は優しい人物だと瑠美菜は思う。
「そのプロモーションビデオを撮るのに俺は何を協力すればいいんだ?」
「彼氏になってほしいの」
「は?」
仁は素っ頓狂な返事をする。
「ああ、ごめん! 彼氏の体でビデオを撮ってほしいんだ!」
仁はため息を吐く。
「紛らわしい言い方をするな。だがそうだな……俺にできるか? お前、彼氏とかいないのか? いるならそいつとかの方が適任だろ」
「彼氏なんていないよ! アイドル目指してるんだから!」
「そういうものか……」
仁は顎に手をやる。
瑠美菜はふと気になったことを尋ねる。
「そういえば、桐生くんは彼女いないの?」
「そんなのいて、何の価値がある?」
「……うん、ごめんね」
やはり仁らしい答えが返ってくる。
しかし仁の内心は揺れていた。
ああ、胡桃のような可愛らしい彼女がいればいいのに、と。
「まあ、いい。それじゃあ、さっそく今日撮るか」
「きょ、今日!?」
「時は金なり、善は急げだ。さっさと撮ってしまおう」
「う、うん! わかった! でも、衣装とかどうしよう?」
瑠美菜は困惑する。
「いつものアイドル衣装じゃダメなのか?」
「アイドル衣装でデートはしないよ……」
「それもそうか。じゃあ、そのままでいいだろう」
「え? そのままって?」
「制服のままでいい。その方が自然だろ?」
「う、うん。言われてみればたしかに……」
高校生が制服でデートをしているのはよく目にする。
「場所はどこがいいだろうか」
「うーん、遊園地、とかかな?」
瑠美菜は自信なさげに言う。
「遊園地か。心当たりがある」
「え」
「最近行った遊園地がある。そこへ行こう」
瑠美菜は絶句していた。
その様子を見て、仁は不思議に思う。
「どうした?」
「……いや、桐生くんって遊園地とか行くんだね」
仁は視線を逸らし、眼鏡を曇らせる。
「……仕事の関係で行っただけだ」
とても胡桃と遊びに行ったとは言えない。
そうだ。胡桃についても話がしたかったんだと仁は思い出す。
「そうなんだ。それじゃ、その遊園地に行こっか」
「ああ」
仁はノートパソコンを鞄にしまい、瑠美菜と共に遊園地に向かった。
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