第3話 気圧される必死さ

 瑠美菜が路上ライブをするとのことで仁はそれを見守ることにした。


 瑠美菜のアイドルとしての素質を見極めるためだ。仁はアイドルの個人株案件を担当したことがない上に、アイドルにも詳しくない。しかし見ないことには始まらない。


 瑠美菜が準備をする。

 学校の制服とは違い、フリルの着いたミニスカートに可愛らしい装飾を施した水色の衣装を着ている。


 春が来たとはいえ、まだ少し肌寒い。

 根性が入っているなと仁は思う。

 寒さだけではない。フリフリの衣装も公共の場ではよく目立つ。


 いい意味でも悪い意味でも。


 根性がなければこんなことはできない。いや、瑠美菜にとってこれは恥ずかしいことだという認識がないのかもしれない。


 アイドルの輝きに憧れていると言っていた。

 そのアイドルの輝きが何かをわかっていないが、おそらく瑠美菜にとってそれは崇高なもので、自分がその一部になれることを光栄に思っているのかもしれない。

 それだったら、恥ずかしさを抱くなんて言語道断だ。


 瑠美菜が準備を終える。

 どうやって始めるのかと仁が固唾を呑んでいると、瑠美菜はいきなり歌いだした。


「~~~~~」


 どこかで聞いたことのある有名なアイドル曲だ。

 踊りを加えて踊っている。

 仁は腕を組み、じっと遠目で瑠美菜を見守る。

 楽しそうに歌い、踊っていた。

 本当に大したものだと思う。

 少なくとも自分では羞恥心であそこまで堂々とできないだろう。

 仁は初めて瑠美菜に対し、尊敬の念を抱く。

 本家の歌と踊りを見たことはないが、それらもおそらく出来はまあまあなものだろう。


 歌を歌わない仁にとって歌の上手さをよくわかっていないが、おそらくまあまあ上手い。

 少なくとも自分よりは。


 踊りもキレがある。

 少なくとも自分よりは。


 そして仁が最も瑠美菜に対し、評価している点は歌や踊りではなかった。

 上手く自分でも理解できなかったが、どこか必死に伝えようとしている姿勢が見える。


 必死さがよく伝わってくる。

 傍から見たら気圧されるほどだ。


 その必死さはアイドルになりたいがゆえか、はたまた別の理由か。


 その時の仁は知る由もなかった。


 それにしても、と仁はあたりを見渡す。

 駅の前で人通りは多いものの、瑠美菜を見ている人間はいなかった。

 ふと何かやっているなと一目見る人がいるが、その程度。大半の人間は見もせずその場をただ歩いて、去ってゆくだけだった。


 どうして、こうも必死に歌っている人間を無視できるのだろうと仁は思った。

 しかし、その考えはすぐに一蹴できた。


 昨日、自分もそのひとりだった。

 瑠美菜が歌っているところを一目見た。

 それでも、一目見てすぐにその場を立ち去った。

 それは、どうしてだろうか。

 瑠美菜には必死さから、多少、人の目をひきつけることができている。


 しかし、何かが足りないのだ。


 何が足りないのか、仁はその正体を探るよう顎に手を当て思考した。


 何が足りない……?


 仁は熟考し、その答えに至る。


 やはり、カリスマ性か。


 仁は職業柄、多くの人間と会うが、特殊なオーラというか、不思議な雰囲気を持っている人間は多くいる。


 特に経営者には多い。話しているだけで人を落ち着かせる素質のある人間もいれば、異様な緊張感を抱かせる人間もいる。


 アイドルにとって必要な要素は人を魅了する素質だ。

 その素質は、はっきりいって無いのかもしれない。


 人を魅了する素質とは何か。


 圧倒的な美貌や、表現力、独創性などがそれにあたるだろう。


 容姿でいえば6段階評価でC、表現力はC、独創性はD。

 S評価までとはいわないが、A評価は欲しいところだ。

 やる気、バイタリティー、アイドルになりたいという意思はB、いや、Aかもしれない。

 バンカーにとって、やる気のある顧客はこちらもやりがいがある。


 しかし、能力を増す手伝いはできても、カリスマ性を増す手伝いはできない。

 カリスマ性は、持って生まれたものだから。


 仁自身や、両親のように。


 どうしたものか。

 そう、仁が考え見守っているうちに瑠美菜の歌は終わった。

 仁が近づく。

 汗をかいた瑠美菜が笑顔を向ける。


「どうだったかな?」

「ああ、良かったと思うぞ」

「ふふっ、ありがとう!」


 満面の笑みを見せる。

 その笑顔は輝いていた。

 これが、アイドルの輝きというものだろうか。

 応援したくなる。

 仁は珍しくそんなことを思った。

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