アイドルは女魔王!

船越麻央

無底海大陰女王

「あれ? これは何だ?」


 暇つぶしにスマホをいじっていると、見覚えのないアイコンがあった。妖精のようなイラストに”あなたのアイドル”とある。

 何だろう? 試しに押してみる。たぶん入手したまま忘れているゲームだろう。ふーん、どれどれ……。


◇ ◇ ◇


「アンタ誰?」


 大学から帰宅すると、なぜか部屋の中に見ず知らずの女のコがいた。小柄で可愛らしい妖精のようなコである。しかし何でまた俺の部屋にいるんだろう。そもそもいったいどうやって入ったんだ?


「アタシは無底海大陰女王。よろしくね!」

「え? ム、ムテイカイダイインジョウオウ? ダイオウイカの親戚か?」 

「違う違う! アタシは魔族の女王で魔界のアイドル! 呼ばれたから来てあげたんだけど。それにしても狭い部屋だこと」

「なに⁉ 大きなお世話だ! 第一、俺はアンタを呼んでないぞ」

「あら、スマホのアプリ経由で召喚したでしょ。”あなたのアイドル”ってやつ。アナタは魔界から選ばれたのよ。思った通りのイイ男で良かった~。アタシ一目惚れしたみたい。ウフフ」


 そうか。俺はポケットからスマホを取り出して確認した。”あなたのアイドル”のアイコンはいつの間にか消えていた。俺はあの時ゲーム感覚で色々と選択した記憶がある。それで魔族の女王、無底海大陰女王(なんて長ったらしい、変換が面倒だ)を呼び出したことになっているのか。しかし魔界から選ばれるなんて俺なにか悪いことしたか?


「それで……俺に何の用? 用が無ければ帰ってくれ」

「何の用? 失礼ね! アタシはこう見えても女魔王ナンバーツーで、魔界のアイドルよ! そのアタシがアナタのアイドルになってあげるって言ってるの!」 

「そ、そうか。それは光栄なこって……」

「アタシは無底海大陰女王だけど、ヒエストと呼んで。魔界でもそう呼ばれていたし。それで……まずはこの部屋狭すぎるわね」

 彼女はパチンと指を鳴らした。


 六畳一間だった俺の部屋が突然豪華な3LDKの広さになった。

「これでいいわね。それで……隣の部屋はベッドルームよ。ダブルベッドにしといたから」

「えっ! ダダダ、ダブルベッド⁉ 無底海、いやヒエスト、部屋を広くしてくれたのはありがたいけど、なんでダブルベッドなんだ?」

「当たり前でしょ。アタシの寝る場所がないし」

「寝るって……まさか、俺と一緒に?」

「あら、何か問題でも? アタシ一目惚れしたんだからノープロブレムよね。それともアタシと一緒に寝るのはイヤなの?」


 たしかに無底海大陰女王、いやヒエストはカワイイ。小柄で色白、金色に輝くような長い髪、うるんだような瞳。魔界のアイドルと言うのもうなずける。魔界ではなく妖精界のアイドルでもおかしくない。

 しかし、いきなり俺の部屋にやって来てダブルベッドで寝ると言い出すとは……。本当に魔界の女魔王がこの俺に一目惚れしたのか?


「それと……アタシも明日からアナタと一緒に大学に通うからね」

 ヒエストはもう一度指をパチンと鳴らした。

「これでアタシもアナタと同じ大学の学生よ。よろしくね!」

「ふーん、マジか。ウチの大学そんなに簡単なのか」

「女魔王に出来ないことなどありません!」

「そうか。じゃあ俺にカノジョが出来るようにしてくれ」

「それくらい楽勝……ちょ、ちょっと待って! 怒るわよ!」

 

 どうやら彼女怒ったようだ。本当に俺に一目惚れしたらしい。女魔王の力で俺の部屋を広くしたり、勝手に学生になったり。さすがにダブルベッドはちょっとやりすぎだけど。

 だが待てよ。魔界のアイドルは俺の部屋で同居するつもりのようだ。大学まで一緒に通う? 残念ながら俺には付き合っているカノジョはいない。もし俺が彼女を連れてキャンパスを歩くとしたら……。


「アナタ、何を考えてるの? そろそろ寝る時間でしょ」

 ヒエストは顔を赤らめて言った。女魔王でも赤くなるのか?

「い、いやまだ早いよ。ところで本当に一緒に大学に行くつもりなのか?」

「もちろんよ! アナタ! まさか他のオンナと……」

「違うって。いきなり俺と一緒ではみんな驚くだろ? 出来れば留守番……」

「ウフフ、大丈夫よご心配なく。アタシをアナタの公認カノジョにしておくから」

 ヒエストはまたしても指をパチンと鳴らした。


 うーむ、これは本気のようだ。恐らく彼女はすぐにキャンパスのアイドルの座を射止めるだろう。芸能界からスカウトされるかも知れない。それで俺はそのヒエストのカレシ? 

 女魔王ナンバーツーにして魔界のアイドルにして無底海大陰女王のカレシということになるのか。ヒエストはカワイイし悪くないかも知れない。だが人間と魔族がうまくやっていけるのか?

 考えてもしょうがない。えーい、こうなったら……俺は腹をくくった。


「よしっ! ヒエスト! ダブルベッドに行くぞ!」

「はいっ! アナタ……いえ旦那さま!」


 ヒエストは満面の笑みでうなずいた。まるで妖精のような可憐さだ(妖精界からクレームがくるかな)。まさしく俺のアイドル! 


 俺は女魔王をお姫様抱っこしてベッドルームに向かった……。


 了


  


 



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アイドルは女魔王! 船越麻央 @funakoshimao

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ