妖精を探して? ~弦海高校新聞部の活動記録より~

於田縫紀

妖精を探して?

 弦海市山谷町の奥、道が通っていない場所にある泉に妖精が出現するという。

 その情報を掴んだ我々弦海高校新聞部は、真偽を確かめるべく現地へと飛んだ……


「と書けば聞こえはいいけれど、要はネタ切れで書くことが何も無いから、仕方なくネタ作りに行っているだけなんだよな」


「そこ! 事実陳列罪よ!」


 つまりは綾音先輩も、そう思っているという事だろう。

 そう思いつつ俺、畠山秀明はため息をついた。


 弦海市は県内で7番目の人口を誇るこの地区の中心。

 そういえば聞こえはいいけれど、実態は単なるど田舎だ。

 人口は減少する一方だし、高校を卒業したら8割は市外に出る。

 

 昔は名門といわれていた我が弦海高校も、今では入試の倍率が1倍を超えるのがやっと。

 入試でも不合格者が1人か2人という状態だ。


 それでも昔は名門だったので、私立大学の推薦枠は結構持っている。

 なので大学に行きたい奴は、真面目におとなしくしていればGMARCHまでなら推薦で合格可能だ。


 そんな田舎だから、学校新聞なんてやっていてもネタがまるでない。

 学校自体はのんびりしているから、そもそもネタになるような事がない。

 かといって校外で何かニュースがあるかというと……


『塗塀町麻拘窪、佐藤菊三さんが宮前市の老人ホームへ! ついに麻拘窪が集落消滅!』


 というようなニュースくらいしかない訳だ。


 うちの学校新聞は号外を除けば年4回、4月、7月、11月、2月に発行している。

 そして4月号なら、学校の諸事情について新入生相手にあれこれ書くことが出来る。


 そして11月号あたりでは、

『今年の○○大の推薦合格は○名。○○先輩、○○先輩が合格』

なんて記事が書ける訳だ。

 なおプライバシー保護なんて概念はない。弦海市くらいの田舎ではそんなものだ。


 しかしそれ以外、7月号と2月号は特に書くべきネタが無い。

 夏休み特集なんてしようと思っても、近所で遊べる場所は隣町のイオンくらい。


 海だの川だのの情報なんて、地元民には伝える必要もない。

 変に穴場なんて紹介すると、そこで隠れて不倫していた○○さんとかが目撃されて町中大騒ぎなんて事になる。


 そんな昨年の大惨事を繰り返さない為にも、

『今度の夏号は、特集記事で稼ぐわよ』

という方針が編集会議で決定した。


 なお編集会議の参加者は、1年の俺と2年の綾音先輩の2人。

 部長の菅原先輩は国立大を受験するとのことで、既に活動から退いている。

 そして他に部員はいない。

 新聞部にも過疎の波が押し寄せている、というのはまあ置いておいて……


 それにしてもだ。


「思った以上にこの道、きつくないですか」


 綾音先輩は杖術の有段者という体力系だから平気だろう。

 しかし俺は完全文化系だ。ついでにいうとカメラにレンズ3本、動画撮影用のライトとバッテリー、三脚2本を持ち歩いている。


 なおかつ歩いているのは廃道だ。

 一応アスファルト舗装されていた痕跡はあるけれど、舗装を突き破って笹だの葛だ雑木のが茂っている。

 完全な藪を歩くよりはましだけれど、結構しんどい。


 笹は踏み分ければ通れるけれど、雑木が茂っていたりその上に葛がからみついていたりすると、そのままでは通れない。

 なので藪化が激しい場所では、綾音先輩が鉈と棒で道を切り拓いている。

 おかげで行程は遅遅として進まず、疲労だけがたまっていく状態だ。


 おまけに暑い。

 6月というのに、藪対策で長袖を着ているからだけれど。


「もうちょっとよ。地図アプリだとあと100mあるかないかだから」


 そのもうちょっとが長いのだ。

 せめて気を紛らわせるべく、俺は此処までに何度も感じた疑問を口にする。


「それにしても、何でこんな日本の田舎に妖精が出るなんて話が出たんですかね。妖精と言えば出るのは西洋で日本じゃないでしょう」


「でも妖精って、水の綺麗な場所に出やすいらしいじゃない。そこの川の水源は、間違いなくこの先にある。人家も今は無いから水は綺麗なはずよ」


 此処の谷間のほぼ全部が、昔は水田だったらしい。

 しかし俺が物心ついた頃には、既に耕作放棄されていた。

 年月の積み重ねで道路も田んぼも全てが自然へと還つつあり、用水路の痕跡である小川だけが、かつて水田があった事を物語っている。


 確かにこの先は山だし、現在は人が住んでいないから水は綺麗かもしれない。

 あくまで可能性の話ではあるけれど。


「それに看板もあったって情報もあるのよ。正確な文面は不明だけれど『妖精に注意』って内容のが」


 そんな看板あったのだろうか。

 日本の田舎に『妖精に注意』って、何か変ではないだろうか。

 そう思いつつ廃道の雑草をかきわけ、そしてついに。


 道が行き止まりになっていた。。

 朽ちたフェンスで止められたその先は、生い茂るアシ。

 それより先は見えないけれど、アシが生えているという事は水場には違いない。

 そして先輩が言った看板も、フェンスにくっついていた。


『危険! 近づくな! 妖○が出るぞ』


 ○の部分は、退色していて見えない。

 他の文字も辛うじて読める程度だ。


 しかし看板に描かれている絵を見ると、これが『妖精』でないのはわかる。

 描かれているのは人型だけれど、緑色で、頭に皿を持っている。つまり……


「妖精じゃなくて、妖怪じゃないですか!」


 河童の絵で『水辺で遊ぶな』とか『此処はあぶないぞ』という看板は、田舎の用水路では珍しくない代物だ。

 対象となる子供が減ったからか、最近のものはほとんど無く、見かけるのは退色して読みにくくなった代物ばかりだけれど。


 この看板もその類型のひとつだろう。

 文面としては少々長いし珍しい部類だけれど、あり得ない看板では無い。

 いずれにせよ……


「謎は解けました。妖精では無く妖怪、それもよくある河童のイラストによる水辺での注意喚起です。もう充分です。帰りましょう」


「とりあえず証拠写真を撮って。文字が出来るだけ読めるように」


「はいはい」


 この程度なら三脚や照明はいらない。

 ミラーレスではない旧式だがそれなりに写りがいいデジタル一眼レフを構え、看板と周囲の状況を撮影する。


 ふと何か、嫌な予感がした。

 此処にいてはいけない、そんな感覚に襲われたのだ。


 アシが鳴らしているガサガサ音は、風のせいだとしても強すぎる気がする。

 そういえば何か、生臭い匂いがしてきたような……


「撮影は終わりました。それじゃ先輩、帰りましょう」


 これ以上、ここにいてはまずい。 

 そう感じている俺に、綾音先輩は不敵な笑みを返した。


「まだよ。せっかく面白くなってきたところじゃない。妖精はいなかったけれど、充分記事になるものが出てたようだしね」


 綾音先輩は左手の鉈を手放し、棒を両手で構える。

 杖術有段者の先輩の、本気の戦闘態勢だ。


 フェンスの向こう側に生い茂るアシの間がわかれ、人型が出現した。

 大きさは小学校6年くらいだが、どう見ても人間ではない。

 緑色の姿、背中の甲羅、間違いなくこれは……


「記録映像はちゃんと撮影して。生け捕りを狙うけれど、逃げられるとこの環境じゃ追えないから。

 それでは新道無双流、柿崎綾音、参る!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精を探して? ~弦海高校新聞部の活動記録より~ 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説