妖精さんは大忙し

深海くじら🐋充電中🔌

山之上くじらの一日

  📖


「『妖精』?!」


 リロードした画面を見て俺は唸った。

 紫の背景を基調にした白いカレンダーの下に箇条書きされた項目。その一番下に今あがってきたばかりの3番目のお題はそう表示されていたのだ。


 うーん。妖精かぁ。妖精は無いよな。


 愛用のFMVノーパソを脇に置き、俺はパイプベッドに寝っ転がる。

 頭の上に突然落ちてきた遺産相続の管理という名目で早期退職をして以来、約一年。家族もいない友だちもいない中年ニートの俺が唯一ハマッている趣味は「小説」を書くことだ。することもなく徒食を繰返し、このまま朽ち果てるのかと思ってた俺が、一年前に出会ったこのサイト「カクヨム」で新たな沃野を見つけたのだ。そこでは数多の素人作家が星の数の作品を開陳し、道の駅の店先のごとく作り手の紹介札を添えて並べていた。

 根拠の無い夢を食って無意味に元気に生きていた中高時代に想い描き、そのまま忘れ去られていた「小説家になりたい」という目標がむくむくと鎌首を持ち上げる瞬間を、そのときの俺は実感した。文字通り、電気が疾ったのだ。

 中二病時代に自称した「山の上のくじら」というPNを引っ張り出して執筆活動に入った。以降、なんちゃらを覚えたサルもかくやの勢いで、次から次へと作品を書き続けた。なにせ、基本ヒマだし。

 この一年、「カクヨム」で行われるお祭りは可能な限り参加した。短歌・俳句コンテストで頭をひねり、G'sこえけんに短篇を投げ、カクヨム甲子園では年齢詐称がバレてハネられ、ルビファン大賞では無理矢理BLものを書き、魅惑のヒロインのレビューを連投し、年末年始のカクヨムコンには初長編に挑戦して渾身の青春恋愛グラフィティをつっこんだ。

 そしていまは、KACカクヨムアニバーサリーチャンピオンシップ

 そもそもの俺の作風は、現代ものに限定される。他人様ひとさまをどうこういうつもりは無いが、俺にとっての正しい小説の神髄は「地を這うようなリアリティ」に尽きる。だから俺の書くものもそれ一直線だ。今連載してる長編小説なんか、まさにそのものズバリだし。

 ホラーあたりはまだなんとかなるが、ファンタジーとなるとお話にもならない。剣だの魔法だのドラゴンだのとか、そんな子どもだましの童話なんてやってられるか。俺の脳の資料棚にはファンタジーの「ファ」の字も並んでない。


 なのに。

 それなのに、だ。

 今回のKACのお題は『妖精』。


 なにこれ、イジメ?


 誰も居ない部屋の虚空に向かって大きな溜息をついた俺は、開いたままのノーパソに背を向けて寝返りを打った。

 そりゃ俺だって妖精くらい知ってる。子どもの頃にはピーターパンも読んだし、アマプラでダンバインだって観た。

 でもね。リアルものしか書かない俺にアレはないでしょ。なにその身長20センチの人間って。しかも羽根がついてて空飛ぶし。

 ありえねー。


 ベッドの上でひとしきりふてくされた俺は、少し眠くなってきた。無理もない。第二回のお題『あこがれ』に苦戦して寝ないで書き上げた難物を、締め切りギリギリだった小一時間前にようやく投稿したばかりなのだから。

 まぶたが重い。

 とりあえず、寝る……か……



  👧


「失礼しちゃうよね!」


 あたしは枕元に仁王立ちしてマスターくじらを睨んだ。


 こいつは本っ当になんにもわかってない。

 ズボラなこいつが遅刻もせずに学校や会社に通えたのも、お爺ちゃんの顧問弁護士からかかってきた深夜の電話をとれたのも、ぜーんぶあたしが起こしてやったからってことを。


 躰をふわりと浮かせたあたしは寝息を立ててるくじらの顔の前に回り込んで鼻先をはじいてやった。

 うぐぐ、とか呻いて鼻をこすってるけど、残念でした、あたしはもう上に逃げてます!


 ほんの少しだけど留飲を下げたあたしは、乱雑にとっちらかった机の上に降りて、腕を組みます。


「さて、今回はどうしてやるかな」


 ひとつ前のお題の『あこがれ』では、頭を捻ってるくじらこいつを見かね、近所の猫さんにお願いして書斎のバルコニーに寝転んでもらった。そのおかげで着想できたっていうのに、こいつはわかってない。

 前の長編だってそうだ。こいつが寝てる間に、あたしが本棚から古いマンガを引き出して床に落としておいてあげたから、あのタイトルとテーマを思いつけた。まあ、あの本が文庫サイズだからできたことなんだけどね。

 とにかくこいつの人生なんて、あたしがいなかったらぜんぜん立ち行かなかったんだから!


 思えば四十数年前、長老様から生涯の担当として命じられたこいつをはじめて見たときは、それはもう愛らしい赤子だったのに。先を見る目の無かったあたしも、「この子を一生推す」なぁんて軽々しく約束しちゃったりして。

 今はもう、見る影なんて欠片もない。推し変できるもんなら、二十年前にやってるわ。


 あたしはパソコンの上に飛び乗った。マウスパッドに手を置いて、検索画面を呼び出す。検索窓にカーソルを合わせ、ステップでキーを踏んで文字を打ち、エンターキーに飛び蹴りした。アマゾンの画面が開き、一冊の本が表示される。


 今日のところは、とりあえずここまでかな。

 ひと仕事終えたし、あたしも寝ちゃおっと。


 背中の羽根を震わせて躰を浮かせたあたしは、寝床にしてる棚の上のヘルメットに飛んでいき、中に入ってる革製のバイクグローブに潜り込んだ。



  📖


 目を覚ますと、横に置いたFMVノーパソのディスプレイが目に入った。大昔に読んだことのあるキャラクターの最近の一冊が表示されていた。


『かいけつゾロリのまいにちおやじギャグ1年分』


 どうやら寝返りでもうったときに誤って操作していたようだ。


「おやじギャグ……だじゃれ……」


 閃いた。

『妖精』なんてそのまま使う必要ないじゃん。だじゃれでいいんだよ。「養成」とか「陽性」とか。俺って天才じゃね。

 そうだ。コロナかインフルネタにでもしてしまえ。


 見事にブレイクスルーを果たした俺は、水を得た魚のように文字を打ち始めた。



 夜半、お題をだじゃれで胡麻化した短編を無事にアップした俺は、安心して床に就いた。煖房もつけずに書き続けていたから、室内はかなり冷えていた。椅子に座ったまま頭しか働かせていなかったので、指先や足先が冷え切っている。

 布団の中で足をこすり合わせるが、ちっとも暖かくはなってくれない。


 足が冷たすぎて眠れん。



  👧


 こんな時間に。しかもなんでこんなしょーもないことで呼び出すのよ。


 ぬくぬくのグローブの中で悪態をつくけど、呼ばれたものはしかたない。

 寒さを我慢して舞い上がったあたしは、真っ暗な部屋に虹の光跡を引いて布団に急降下する。そのままの勢いで掛け布団の下にするりと滑り込んだあたしは、もぞもぞ這いずってマスターくじらの裸足に到達した。たしかにかちかちに冷え切ってる。


「もお! しょーがないなぁ」


 あたしは小さな両手でくじらこいつの足を撫でさすった。ゆっくりとぬくもりが戻っているのがわかる。ちいさいときから、こうしてやるとこいつはよく眠れたのだ。

 足のもぞもぞが収まり、安定したリズムで布団が上下し始めた。どうやら安眠できたらしい。


 ほんっと、世話が焼けるよね!


 布団から出て寒いなか寝床まで戻るのは面倒。そう思ってぐずぐずしていたあたしも、そのままくじらの足にもたれてうつらうつらと舟を漕ぎはじめた。

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