祓魔師の代理は妖精王?
野森ちえこ
前編
「
三月一日の夜、遠距離恋愛中の婚約者とのビデオ通話で挨拶もそこそこに報告する。
昨年のクリスマスにプロポーズして、そろそろ結婚に向けて準備をはじめようかと話していたところだったというのに。
『……なんで敬語?』
「いやなんとなく、深刻さのあらわれ……? つうか、気にするのそこ?」
『いやまあ、そうきたかーと思って。それで、クビの理由は?』
よくわからない返しに首をかしげつつ、彼女の質問にありのままを答える。
「社長の娘との交際を断ったから、かな」
はじまりは一か月ほどまえ。本社に出張したさい、どうしたことか社長令嬢(本社勤務)にいたく気に入られてしまったのである。
それで最初は本人からアプローチされていたのだが、自分には婚約者がいるのでときっぱり断ったら親(社長)が出てきてしまった。しかし誰が出てこようがこちらの気持ちは変わらない。昇進をエサにされたところでおなじである。交換条件になびかないとわかると、娘を泣かせるやつを会社にはおいておけないとかなんとか、今度は脅しにかかってきたのである。まあ、最終的に脅しではすまなかったわけだけども。
この令和の時代に、冗談みたいなほんとうの話である。
『……なるほど』
「……やけにあっさり納得するね?」
『いやまあ、そうきたかーと。あ、クビってことは、こっちに戻ってこれるの?』
「そうだね。引き継ぎもあるから早くても一、二か月先になると思うけど」
急な辞令で転勤になったのは昨年のことである。退職となればこちらに住む理由もなくなる。
「とりあえず、結婚準備はいったんストップしなきゃだな」
『しないよ』
「え」
『ストップなんてしないから』
「いや、でもおれ無職になっちゃうし」
『べつにそんなのいいよ』
「いやいやいや、マコがよくてもご両親はよくないだろ」
『ここで中止になんてしたら、きっと……の思うつぼだもん』
「……なんて?」
いつもハキハキしゃべる真琴らしくなく、声が口の外まで出てこない。そのまま眉間にシワを寄せて黙りこんでしまった。
一分か二分か、しばらく待っているとやがておおきく息を吐きだした真琴がまっすぐにこちらを向いた。
『これからちょっとおかしな話をするけど、笑わないで聞いて』
モニター越しでも彼女の緊張が伝わってくる。ヒリヒリとした空気に、思わずおれも姿勢をただしてしまう。
『つきあってはじめてのひなまつりの日、シンちゃん盲腸で入院したでしょ。翌年はやっぱり三月に急な辞令で転勤。そして今年は会社をクビになった』
「え、いや、ちょっと待って」
『最後まで聞いて。シンちゃんだけじゃないの。子どものころからずっとなの』
最初は小学校五年生のときだったという。片想いしていた男子が転校した。
つぎは中学二年。告白されてつきあった男子がやはり転校。
高校生のときにつきあっていたバイト先の先輩は海外留学に旅立ち、大学生のときの恋人は自分探しの旅に出た。
そのすべてが、彼女の家でひな人形を飾っている約ひと月のあいだに起こっているのだという。
『それで、シンちゃんとつきあうことになったとき、ためしにその年はひな人形をださなかったんだ。そしたら別離イベントは発生しなかったけど、盲腸で入院しちゃった。まさかと思ったんだけど、万が一の可能性を捨てきれなくて翌年は例年通りに節分の翌日に飾りつけたの。そうしたら急な辞令でしょ。さすがにちょっともう偶然だとは思えなくて』
なるほど。確かにそこまでかさなってしまったら偶然とは思えなくなるかもしれない。
「ちなみに今年は」
『飾ってる』
それでクビ報告に『そうきたか』とくり返していたのだと理解する。
別離イベントを乗り越えて、一年以上交際がつづいたのはおれがはじめてということで、この先どんな妨害がくるかはわからないけれど、なにがあっても『負けてなるものか』と思っていたらしい。
……困った。おれの婚約者がかわいすぎるぞ。
『なんでちょっとうれしそうなの』
「いや、マコがかわいいから」
『またすぐそういう……』
じっとり半目でにらまれてもかわいいものはかわいいのだからしかたない。
そんなかわいい彼女はひとつため息をついて、『やっぱりお祓いとかしたほうがいいのかな』とつぶやく。
お祓いか。
「それならおれ、ひとり知りあいがいる」
『え、霊能者みたいな人にってこと?』
「うん。
おれ自身は、そういう霊だのなんだのとはこれまで無縁できたから『らしい』としかいえないのだが。すくなくとも人間的には信頼できるやつである。
「マコがよければ、連絡とってみるけど」
『うん。ありがとう。……こんなことならもっと早く相談すればよかった』
ホッとしたのか、泣きそうな顔で笑っている。
ほんとうに、この婚約者はかわいすぎて困る。
(つづく)
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