私だけの美しい妖精

無雲律人

私だけの美しい妖精

 彼女──エレノーラ・シュミットは私だけの美しい妖精だ。


 彼女はバレエダンサーで、団のプリマドンナを務めるほど素晴らしい技巧を持ち、その上美しく、可憐で、非の打ち所がないダンサーだった。その姿はまるでこの世界に現れた妖精だった。


 私はロイヤル・オペラ・ハウスで彼女の公演を観て、一目で恋に落ちた。


 ああ、彼女を私だけのものにしたい。私だけのために踊らせたい。あの柳のように美しい腕を、脚を、全て舐め上げてしまいたい……。


 いつしか私の欲情は抑えきれなくなり、彼女に一通の手紙をしたためた。


『親愛なるレディ・エレノーラ・シュミット嬢

一度で良いから私のために時間を下さいませんか? 一時間……いや、三十分でも構いません。どうか、私のために貴女の尊い時間を割いて下さい。

             貴女を想う一番のファン ブランドン・オルブライト』


 しかし、彼女から返事は来なかった。私ものファンの一人だと思われたのだろうか。私のエレノーラへの愛は本物だというのに。


 だから私は彼女がロイヤル・オペラ・ハウスから出て来るのを待つ事にした。


 この熱く沸騰した想いを、今日こそエレノーラに伝えるのだ。


***

 

 夜も更け三ヶ月が頭のてっぺんまで来た頃、エレノーラはロイヤル・オペラ・ハウスの裏口から出て来た。


「レディ! レディ・エレノーラ! お会いしたかった! 私です! ブランドン・オルブライトです!」


 私はエレノーラに駆け寄ると、間近で見た本物の妖精のごとき彼女の華奢さに感動し、彼女の手を取りぶんぶんと振りまくった。


「やめて下さい! 手を放して、オルブライトさん!」

「ああ、エレノーラ、どうか私の事はブランドンと……!」


 彼女は「手を放して!」と叫びながら、私の方を見ようともしない。


「誰か! 誰か助けて……!」


 しかし、夜も更けた裏通りは人気もまばらで、彼女を助けに入るものはいない。


「何故だ、何故私を拒絶するんだエレノーラ! 私は貴女を愛している……!」

「やめて! 警察を呼ぶわよ!?」


 すると、騒ぎを聞きつけたロイヤル・オペラ・ハウスの警備員がこちらに駆け寄って来るのが見えた。


「エレノーラ、一緒に来るんだ!」


 私は彼女の手を強引に引っ張った。すると、彼女はよろけて転倒してしまった。


「痛いっ! 痛いっ! 足が……!」


 痛がるエレノーラを抱えて逃げようとしたが、私はあっけなく警備員に取り押さえられた。


***


「それで? お前が強引にエレノーラ嬢を連れ去ろうとするから、エレノーラ嬢は右足を複雑骨折し、もう舞台には立てなくなったそうだぞ?」


 私は今、警察で取り調べを受けている。


「彼女を愛していると言いながら、お前は彼女の羽を鷲掴みにし、そして捥ぎ取ったんだ。彼女のダンサー人生を台無しにして満足か?」


 ああ、エレノーラ……。君はもう妖精のように舞台で踊る事は出来ないのだね。


「エレノーラ嬢は君に厳罰を求めている。もちろん、団としてもその意向だというし、警察としても出来る限り重い刑罰を受けさせていと思っている。エレノーラ嬢は国の宝なのだからな……」


 エレノーラ……。ああ、愛しのエレノーラ。


 君が踊れなくなったとしても、私は君を永遠に愛する事を誓おう。だから、君の羽にそっと口付けさせておくれ……。


「少なくとも、エレノーラ嬢はお前と同じ土地に住んでいる事すら恐怖のようだ。どこかお前の知らない土地へ行くかもしれないな。お前は、刑務所から出た後は精神病院で一生を過ごす事になるだろう」


 エレノーラ……。私だけの美しい妖精、エレノーラ……。


 目を閉じれば、彼女の美しくも儚い舞台ステージが瞼の裏に浮かんでくる。


 愛している。愛しているよ、エレノーラ──。



────了

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