幻のドラフト一位

丸子稔

第1話 妖精からのプレゼント

 20✕✕年8月某日、我が令和高等学校の野球部は、夏の全国高校野球大会で見事優勝を果たし、エースの俺、石橋康太は、全試合を一人で投げ抜いたことで、一躍ヒーローとなった。


 その後、プロ野球12球団すべてのスカウトが学校まで挨拶に訪れ、中にはドラフト一位を確約してくれる球団もあった。

 子供の頃からの夢だったプロ野球選手になることが確実となり、俺は夢見心地だった。


 しかし、その後しばらくして、そんな幸せな気分もすべて吹き飛ぶような事態となった。

 外国で新種のウイルスが見つかり、それがあっという間に世界中に広まったのだ。

 何十年か前にも同じようなことが起こり、その時は外出する者が多くて一気に感染者が増えたことから、原則外出禁止となった。


 それにより、当然のようにドラフトも中止となり、俺のドラフト一位は幻に終わった。


(まさかこんなことになるとは……よりによって、なんでこんなタイミングで新種のウイルスなんかが流行するんだよ)


 指名された時の挨拶まで考えていた俺は、なんともやりきれない思いだった。



 それから約四ヶ月が経過し、明日は高校の卒業式。

 ウイルスが徐々に収まる気配を見せていたことから、卒業式は学校で行われることになった。

 しかし、それまでずっとリモートで授業を受けていたこともあり、俺は今更学校に行く気にはなれなかった。


(ここまでなんとか感染せずに済んだのに、最後に感染したら馬鹿みたいだからな)


 俺はそんなことを思いながら眠りについた。




(ん? ここは一体どこだ?)


 気が付くと、俺はどこかの会場みたいな所の観客席にいた。

 そして舞台の上には、背中に羽の生えた妖精たちが、いくつかある丸テーブルに、それぞれ三人ずつ座っていた。


(なんで妖精があんな所にいるんだ? ていうか、これから何が始まるんだよ)


 思いも寄らぬ光景に、半分パニックになっていると、スーツを着た男性が何やら喋り始めた。


「只今より、第100回新人選手選択会議を始めます。まず初めは広島カーブ。石橋康太、投手、18歳、広島県立令和高等学校」


(えっ! これってもしかしてドラフト会議? しかも、一位で指名されてるし……けど、なんで妖精なんだろう)


 そんなことを思いながら、そのまま男性に目を向けていると、なんと他の11球団もすべて俺を一位指名した。


「それでは今から抽選を行います。それぞれ代表の方は前に出てください」


 男性に促され、各球団の12人の妖精がくじ箱の前に並んだ。

 他の11球団の代表が可愛らしい妖精の姿をしている中、子供の頃からファンだった広島カーブの代表は、なぜか座敷わらしみたいな格好をしていた。

 しかも、顔が微妙に監督に似てるし……。


 やがて12球団すべての代表がくじを引くと、「それではお開けください」という男性の声とともに、妖精たちが一斉に紙を開いた。


 すると──。




「よっしゃー!」


 当たりくじを引いたのは座敷わらしだった。

 俺はファンだった広島カーブが交渉権を獲得したことはもちろん嬉しかったけど、それとは別に、可愛らしい妖精に当たりくじを引いてほしかったという思いもあった。


「それでは交渉権を獲得した広島カーブの代表に、インタビューをしようと思います。12分の1という低い確率の中、見事に当たりくじを引いたわけですが、それについてどう思われますか?」


「そうですね。私が一番早くくじを引くということで、絶対当たりくじを引いてやろうと思っていました。結果的に他の11球団の代表は外れくじしか入っていないくじを引かされたわけですから、愉快でなりません。はははっ!」


 座敷わらしが高笑いしながらそう言うと、他の11球団の妖精たちは、その可愛らしい姿からは想像できない程の恐ろしい形相で、彼を睨みつけていた。


  


「康太! 今日卒業式でしょ! 早く起きなさい!」


 母親のけたたましい声に、俺は現実へと引き戻された。

 妖精が出てきた時点で、夢であることは分かっていたが、これはドラフトが中止になったことを不憫に思った妖精からのプレゼントだと割り切り、俺はこのまま夢を見続けさせてくださいと願っていた。


 おかげで、とてもいい気分でいられることができた。

 12球団すべてが俺を一位指名した瞬間は、まさに夢見心地だった。

 ただ、監督に似た座敷わらしの最後のインタビューは余計だったけど。


「康太! さっさと着替えて、学校に行きなさい!」


「分かったよ。うるせえな」


 俺は久しぶりに制服に身を包むと、二階から駆け下り、颯爽と玄関を出て行った。


  了




 



 


 



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幻のドラフト一位 丸子稔 @kyuukomu

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