妖精みたいな風貌で片棒を担がせて来るタイプの怪異
さんゼン
第1話 起
僕は妖精と出会ったことがある。
小学生の頃の出来事だった。
当時の僕は、両親が共働きで、そのうえ友達がいなかった。そのため、放課後にはいつも家近くの公園でひとり、親が帰って来るまでの時間を潰していた。
その公園は、神社に隣接した、しめ縄の巻かれたご神木のある公園で、住宅街のど真ん中にあるにも関わらず、ひと気の少ない静かな場所だった。
その日も、僕はひとりで公園へと赴き、砂場に設置された白っぽい奇妙な形のオブジェに入り込んでいた。オブジェの中は空洞になっていて、人ひとりが入れるだけの小さな空間があったのだ。
そこは、お気に入りの場所だった。
親のいない家の中や、誰もいない公園にただいるよりは、狭いオブジェの中でうずくまっている方が、ひとりの寂しさも多少は和らぐような気がして、なんだか安心できたからだ。
狭い空間を自分の領域として、いつものように国語の教科書の『ごんぎつね』をぶつぶつと読んでいた。
またもごんが兵十に撃たれて死んだ。
そのときのことだった。
「やあ」
ふいにかけられた声に、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。周囲から聴こえるのは虫の声だけだった。まさか、人が近くにいるとは思っていなかったのだ。
慌ててオブジェの外に視線をやった僕は、しかし首をかしげることになる。どこにも、人の姿など見当たらない。
気のせいかと思って、視線を戻す。
そして再び驚くことになった。
オブジェのなかに、人がいた。しかも、目の前だった。
手のひらほどの大きさの小人が、背中から生やした蝶のような羽根をぱたぱたと揺らして浮かんでいた。
「……よ、妖精?」
その姿が、あまりにもいつか読んだ絵本に出てきたそれと似ていたために、僕は思わずつぶやいていた。
僕の言葉に反応して、小さいながらもしっかりと人の顔だとわかる眉根を寄せて、彼? は言った。
「よよーせい? なんだそれ。ぼくはぼくだ」
女子のような、男子のような、不思議な声だった。少なくとも、同級生にはいない類の、聞き慣れない舌ったらずな感じのする声。
僕はただただ呆気に取られて、ぽかんと口を開けたまぬけな表情で、宙に浮く小人を見つめていた。
そのことに気分を害したのか、彼? は荒っぽい口調で言った。
「なんだよ。じろじろみんなよ」
「ご、ごめん」
慌てて僕は目を伏せる。
しばらくしてから恐る恐る視線を上げると、彼? は興味深げに僕のことをしげしげと見つめていた。
自分はじろじろ見るなって言ったのに、と僕は少しむっとしたような記憶がある。
「おまえひとりか」
「悪い?」
「ふーん、ひとりか」
なんだかバカにされているような気がした。僕はわざと不機嫌な声を作って言う。
「なんだよ、おまえ。あっちいけ」
妖精だろうと誰だろうと、このオブジェの中にいる以上は侵入者だ、という論理が、このとき僕の頭の中では働いていた。
虫を払うような仕草で手をバタバタとさせる。
しかし、彼は軽やかに宙を移動して僕の手を避けた。
「なにおこってんだよ」
優雅に踊っているかのような動きだった。
どんなにすばやく手を動かしても、彼にはまったくかすりもしない。
僕は早々に無為を悟って、彼を追い払うのをあきらめた。
あらためて宙に浮かぶ小人を見る。
追い払うことをやめ、冷静になって考えてみる。本人はうなずかなかったが、目の前の存在は、どう見ても妖精だった。
ということはつまり、僕は今、本の中の存在と向き直っている、ということになる。当時の僕の知識によれば、不思議な力をくれたり、幻想的な異世界へと連れて行ってくれる存在が、妖精だった。
そのことに気がつくと、とたんに興味が抑えられなくなり、身を乗り出すようにして尋ねた。
「妖精じゃないならなに? なにしに出て来たの?」
しかし彼はそれには答えず、質問で返した。
「おまえ、かなえたいねがいはないか?」
「え?」
「ねがいだねがい、かなえたいねがいだよ」
「あったとして、それがなんなの?」
何を言い出すのだろう、と僕は宙に浮く彼の姿をじっと上目づかいで見つめる。
彼は腕を組んで、偉そうに僕へと告げた。
「そのねがいをかなえてやるよ。ぼくはそういうそんざいだ」
『願いを叶える』、彼はそう言ったのだ。そのことを理解して、僕はさらに彼へと顔を寄せ、
「願いって、なんでも?」
「もちろん。きんぎんざいほう、ごこくほうじょう、たたりごろし。なんでもござれ」
言っていることを全部は理解できなかったが、彼が、もちろん、と答えたことだけはわかった。
「じゃあ――」
そして、僕には叶えたい願い事があった。
僕はもう、目の前の不思議な妖精が、願いを叶えてくれる存在であることをちっとも疑っていなかった。
なにしろ相手は、妖精なのだ。そのぐらいの力があっても不思議ではない。
少しの気恥ずかしさがあって一瞬躊躇したが、結局僕はその願い事を口にした。
「――友達が欲しい」
風に揺られる木の葉のざわざわという音が、やけに耳に届いた。
沈黙が、続いた。
その沈黙に、なんだかやっぱり恥ずかしくなってきて、やっぱなしで、と言いそうになる。
しかし、そのタイミングで、妖精は笑ったような顔をして言うのだった。
「なんだ。そんなことか。いいよ、ぼくがともだちになってやる」
そしてその日、僕は小さな友達を得た。
妖精の友達だった。
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