妖精
もと
妖精
「お前の大事な……こ、子供? 子供だよな? まあいいや子供は預かった! 返して欲しければ俺の言うことを聞け!」
「ヨヨヨ、我が子よ」
あ、子供で合ってたか。目の前にはちょっと発光してるおじいちゃん? みたいな父親らしき生き物。腰には白い、100均の薄くて小さいタオルみたいなの巻いてるし、なんか2メートルぐらいあるし、多分ヒトじゃない。デカい。
俺の右手には包丁、左腕に抱えたのは白くて薄いセミみたいな羽が生えた素っ裸の子供、みたいな生き物。足の裏もふくらはぎも、太もも、お腹、ほっぺた、全部が丸っこくてプニプニなのに、俺が知ってる人間の赤ちゃんより大きい。大きさだけなら小学生ぐらいかも。けど赤ちゃんとしか呼べないような、なんか「ちちうえー」ってハッキリ喋ってるしな、なんかこう、なんだろう? アイツから見れば子供っちゃ子供なんだろうけど、軽いな、ぬいぐるみみたいだ。いやホント何だこいつら?
……まあいいや。
「どうする?!」
「ヨヨヨ」
「泣くなよ! さっきちゃんと我が子っつったな? こ、殺すぞ我が子を! マジで!」
「ヨヨヨ、それだけは。ひとのこよ、何が望みだ?」
「カネだ! カネを出せ! えっと」
数ヶ月分の家賃、二ヶ月分のスマホ代、止まらないように古いヤツから払ってるからもう払ってんだか払ってないんだかよく分からなくなった光熱費分、今夜の晩飯代できればラーメン食べたい、それと数日分いや半年分ぐらいの食費!
「ひゃ、100万出せ!」
「はいよ」
「早っ?! マジか?! マジだ……すげえ」
「我が子を返しておくれ」
「ま、まあ待て」
「ヨヨヨ」
「すまん、ごめん、ちょっと本当に少し、ちょっとあの考える時間を少しだけ数分でいいからくれ、ちょっと待って、ごめんなさい」
「ヨヨヨ、よかろう」
……ヤバい。100万が秒で出てきた。あの父親? が持ってる杖を振ったら出てきたってことは……父親、神様か何かか? 神様脅してる? これ俺ヤバい状況? いやヤバいのは羽はえた子供を見つけた時点で分かってただろ。いやいやもう何でもいいな。もっともらっとこ。
「……1億、いや3億出してくれ! 3億ください!」
「はいよ」
「あの、お、俺、昔から自分の店とかやりたくて、でもまだ何をやりたいとか決めてなくて、コーヒーとかクッキーとか出せる飲食店もいいし、あ、古着屋もやりたくて、でも、だから両方どっちでもいけそうな店が欲しい! あとなんかそれをやるにあたっての権利とか資格とかもください!」
「はいよ」
「か、彼女! 身長155センチぐらい、細身だけど美味しそうにご飯たべて俺のことが大好きで浮気しなくてでもたまに一人の時間ちゃんとくれて料理上手で急に不機嫌になったりしない彼女が欲しい!」
「はいよ」
空中からポンッと3億と同じように出てきた素っ裸の女の子が、地面に散らかった書類とか営業許可証とかを拾い集めてくれてる。ヤバい。彼女が出来た。
「ち、超長生きする吠えない、人懐っこくておとなしいポメラニアン欲しい!」
「はいよ」
「家! 渋谷とか新宿とか都会に、なんか広くてガラスっぽくて庭付きプール付きの一戸建て欲しい!」
「はいよ」
「車! 赤いカッコいいやつ! あ、免許ないから免許証と運転できる知識? みたいな、乗ったら分かるみたいな技術も欲しい!」
「はいよ」
「友達欲しい! ちょっとオタクなのにイケメンで俺が呼んだら『うっぜー』とか言いながら来てくれてお腹空くタイミングとか見てるアニメとかドラマが一緒で大事な時にはちゃんと真面目なのに一緒にいて疲れない友達欲しいよ!」
「はいよ」
「うっぜー」
素っ裸のイケメンが免許証を拾って、包丁を持ってる指の隙間にスッと挟んでくれながら笑ってる。俺も素直に笑顔で受け取れた。彼女もニコニコしながらポメラニアンを撫でてる。次で最後、もう何もいらないだろ。
「親を変えてて欲しい! 外見はあれでいいから、俺を殴ったり蹴ったり嫌味言ったり買い物中に置き去りにしたりしない、普通に俺を大事にしてくれる親にして欲しい!」
「はいよ」
「……はい、ごめん。子供、返すよ。キミもごめんね、怖い思いさせちゃって」
「ちちうえー」
「我が子よ」
悪いことしちゃったな、本当に。神様相手に何してんだ俺、調子のっちゃって。なにかお詫びに……。
「ひとのこよ」
「は? はい!」
「願いは全て叶えた。我が子も返してくれた。しかしなんだ、あれだ、そのー、我が色々動くと反動というか代償というか」
「あ、はい! 大丈夫です、やっぱりなんかあるんすか、ですよね、ちょっと覚悟してたんで大丈夫っす!」
「あそう? 良かった良かった」
フワッと俺が浮いた気がした。浮く? いやなんか違う、少し移動した。彼女と友達がこっちを見てる。神様とその子も。
「これでよし」
「……え? なんすか?」
「我らは『樹木の隙間の妖精』なり。お前もそう成った」
「え?」
「ちからを少し分け与えたからな。我らはひとのこの願いを叶えたり助けたりしながら、代わりにこうして種族を増やしておる」
「増やす? 樹木の隙間? の? 妖精を?」
「そうだ」
「俺も? 俺が妖精に?」
「樹木の隙間の妖精だ」
「それはなにを?」
「大体は樹木の隙間におって、特に何もしない。我が子のように強風で飛ばされた時は飛ばされた先に根付いたりもするが、そなたが連れ帰ってくれた」
「ん?」
「よろしく」
「よろしくねー」
そういやあの子、街路樹にしがみついてた。泣いてた。ヒトじゃない者を親元に返せば礼がもらえるかも、あわよくば、なんて軽く考えて、どうしよう、なんか動けない、いや体は動かせるけど動かない、なんだこれ、樹木の隙間って、この木と木の間ってことか、いや困るんだけど、3億と家と車とポメラニアンと友達と彼女がいるのに樹木の隙間にいるってどういうこと――
「あの、俺、どれぐらいここにいれば?!」
「おかしな事を聞くなひとのこよ」
「おっかしー」
「いや、でも!」
「その羽で風に乗るもよし。好きにせよ」
「え、あ、なるほど……いや服どこ?!」
「妖精は裸だと決まっておる」
「アンタは、アナタはなんか巻いてるじゃん! ずるい!」
「これは風に乗って来たのを拾って」
「これ、今俺飛ばされたらヤバいじゃん!」
「たまに留置所から帰ってきた同胞もいる」
「ちょっと!」
「大丈夫、『留置所の窓の妖精』が手助けしてくれるらしい」
「ちょっとお!」
おわり。
妖精 もと @motoguru_maya
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