第35話 以前と違う弟


 

 ヴィクスはお父様の馬に、私はアニーの馬に乗って、街道を走る。

 騎士たちも周りを囲むようにして目的地の沼地へ。

 私の『魔物狩りに行きたい』という要望の結果、今の時期にやっておいた方がいいものはこの沼地での討伐ということになった。

 

「ヴィトリーク様も狩りに参加したいと言い出す歳になったんですね」

 並走する騎士が話しかけて、感慨深げに父上に抱えられているヴィクスを見つめる。

「シャーロット様は早かったですからね。三歳の時にナマズ狩りをしたいって泣き喚いたんでしたっけ」

 アニーが笑みを含んだ声で応えて、私は頬が熱くなっていくのを感じた。

「そんな昔のこと、忘れたわ!」

 

 覚えているけど……!

 捕まえようとしたナマズに仕返しされて泥だらけになって大泣きしたことくらい!

 

 でも、ナマズはたぶん魔法の使えないヴィクスも狩れるはず。

 水鉄砲のように泥を打ち出してくる程度だもの。

 

 何よりナマズは『釣れる』から簡単。

 

 

 今回狩るのはナマズとキツネとカエル。

 

 一番手強いのは、カエル。

 魔法も使うけれど麻痺毒を持っているし、沼の底の泥の中を泳いで移動するから見つけにくい。

 キツネも強いけれど、わざわざ狩るほどの個体も少ないしナマズやカエルに比べたら見つけるのはそう難しいことじゃない。魔法も炎の魔法が中心で水のそばなら防ぎやすい。

 

 モリや釣竿を手にした騎士が多いのもそういう理由だけど、もう一つの理由がある。

 

 『カエルとナマズは美味しい』から。

 

 キツネは魔石が取れたり皮を加工したりできるけれど、食用にはできない。

 ナマズとカエルは、地元では人気の食材。

 年に何度か狩って、保存食にしたり村のお祭りで振る舞う食材なのだ。

 お祭りで振る舞われるカエルのフリッターは……絶品なのよね。

 付け合わせの豆菓子と食べると、お腹いっぱい食べたくなっちゃう。

 

 

 

 そんなお祭りグルメのことを思い出していたら沼地に着いて、私とヴィクスも馬から下ろしてもらう。

 先に出発していた部隊が休憩場所などを整えてくれているので、そこで濡れたり汚れたりの対策をする。

 まぁ、カエルの皮で作った防具を付けるわけだけど……これダサいから嫌いなのよね。

「私も付けなきゃダメ?」

「付けてください、シャーロット様。汚れや防水以外にも電撃や麻痺毒を無効化するんですから」

「もっとカッコいい装備ならいいのに」

 文句を言うだけ言って、私も装備を手に取った。

 カエルの装備は軽いし滑らかだけど、この飾り気もなく皮の柄そのままの防具はやっぱり好きじゃないわ。

 

「準備はできたかな?」

「父上! これ何で出来てるの? なんだか不思議な感触……」

 

 初めてカエルの装備を付けたヴィクスはお父様に駆け寄って尋ねている。

 

「よく見てごらん? 模様があるよね?」

「カエル…………?」

 

 カエルは嫌いではないのかあまり気にしていなさそうなヴィクスは、むしろ面白そうにズボンの表面をペタペタと触ってみている。

 

「カエルからこんな大きな皮が取れるの?」

「うん? ああ、繋ぎ目は溶かして消してあるんだよ」

 

 この沼のカエルは大きい方だけど、流石に人の大きさまではないもの。

 ドワーフやコロポックルなら飲み込まれちゃうかもしれないけど。

 

 納得したらしいヴィクスが父上から視線を外して、アニーと段取りの確認を始める。

 なんだか、私よりずいぶん年上に感じる……お父様がお仕事をしている時の顔にそっくりなその横顔に、私は強い違和感を覚えた。

 

 

 ……ヴィクスってこんな……お父様やアニーにもあんなに冷めた顔をしていたかしら?

 私のことを怖がっていたのはわかってるわ。

 だから私に冷たい顔をしているのは当然だって思ってた。

 でも……お父様やアニーに甘えている顔は……羨ましくて睨みつけていたから、しっかり覚えているわ。

 

 

 こんなに……まるで本を読んでいるみたいに、他人事みたいな顔はしていなかった。

 

 

 今のヴィクスは話している間に手遊びをしたり、お父様の気を引こうと服を引っ張ったりもしない。


 

 

 ヴィクスが生きていることは、私にとって何よりも大切なこと。

 けれど、ヴィクスは……私が死なせなかったヴィクスは……本当にヴィクスでいいのかしら?

 それとも、私が……夢だと思っているあの夢の方が……本当の……。

 

 ——背筋がザワザワして、それ以上考えたくないというように耳鳴りが近づいてくる。

 ——まるで、なにか大変なことをしてしまった、取り返しのつかないことをしでかしてしまったみたいな気分。

 

 でも、そんなのだめ。そんなことないわ!! そんなことあってはいけないの!

 あれは夢で、私は起きてる。何度も確かめたんだから!

 ヴィクスだって、死んだりしてない……様子がおかしいなんて、きっと私の勘違いよ!

 

 

「姉上、そろそろ始まるそうですよ」

 

 ヴィクスの声に、思考が中断した。

 テントの出口で私を待ってくれている。

 いつものように『綺麗に作られた笑顔』で私に声をかけるヴィクス。

 

「っ! ええ、行きましょう」

 

 私も笑みを返して、休憩用のテントを出た。

 緩やかな坂を並んで下りながら、だんだんぬかるみになっていく足元を気にする間も、さっきの違和感が拭えない。

 アニーに手を繋いでもらっているヴィクスは、記憶にあるヴィクスの半分ほどもアニーに甘えるそぶりを見せない。

 

 ——熱を出す前のヴィクスなら、転びそうだからと抱っこをせがんでいたっておかしくなかったはず。

 

 ……私が横にいるからかしら?

 揶揄われるとか、馬鹿にされるとかを……心配して?

 

 そっと、ヴィクスとアニーから距離をとる。

 

「シャーロット、大丈夫そうかな?」

「ええ、私はもう魔法が使えるもの」

 

 お父様の横につくと、お父様が手を差し出してくれた。

 ありがたくその手を取って、見えてきた沼に顔を向ける。

 

「ねえシャーロット」

「なぁに、お父様」

 声をかけられて、お父様の顔を見上げる。

 

「これから週に一度しかお城に行かなくてもいい、って言ったら……シャーロットは嬉しいかな?」

 

 それはもちろん嬉しい。

 本当なら『行かなくていい』方が嬉しいけれど、毎日あの夢を思い出すお城の中を、懐かしいバラ園の中を歩くよりはずっとマシだわ。

 でも、どうして急に?

 

「ええ、嬉しい。皇子様の遊び相手は名誉なことだけど……お勉強や魔法の練習時間ももっと取りたかったから」

「……そうか。気がついてあげられなくてごめんね? じゃあこれからは週に一度だけでいいように、陛下に言っておくからね」

 

 

 お父様は複雑そうに微笑んで私を抱き上げ、沼の縁に作られた拠点まで連れて行ってくれる。

 勉強の時間や魔法の練習に時間を取りたい、なんて『今までの私なら言わない』言い訳……信じてくれたのかしら。

 私に休憩して欲しいって言っていたから、そのためかしら?

 

 

 それとも……お父様にも何か目的があった……?

 

 

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