姉の運命を変える予定でしたが

こまつり

第0話 走馬灯のはずがない


 『次はァー……学園前、学園前です』


 アナウンスを軋む体に耐えながら聞く。

 もう少し……もう少しで人が減る……。

 

 通勤ラッシュの過酷さには、いまだに慣れない。

 周りと違うことといえば、俺はこれから家に帰るために乗っているということだけ。

 

 どうせ会社に戻るならカバンは会社に置いてきてもよかった……。

(場所をとってすみません……!)

 俺の脇腹に食い込む誰かのリュックにそんなことを考える。

 

 トンネルに滑り込んで、後一つトンネルを抜けたら、学生が少し降りるはず。そう考えていた矢先。


 

 地震……いや? 違う?

 

 車体がいつもと違う揺れかたを……と思った瞬間だった。

 上から押さえつけられたような重力、続いて浮き上がるような余韻。

 急ブレーキの轟音と悲鳴。

 詰め込まれた人間が、振り回される車体に沿って押し寄せる。

 鞭をしならせるようにあらゆる方向へ。上も下も、関係なく。




 ——「ヴィクスさま!」


 頭蓋骨か何か、頭部の骨が折れたような痛みの間に誰かが叫ぶ声。

 ……外国人、観光客か……いや、『様付け』?

 

 もう車内に電気もついていない、真っ暗だ。

 見回しても何もわからない。

 

 続く衝撃。

 ……今度は肋骨も折れたかもしれない。

 

 ——「アニー!」


 幼い子どもの悲鳴。

 子どもが乗っていたのか……いや、俺の声……? そんなはずはないのに?

 でも、助けを求めた『僕』の声だ。

 

 


 車内に響く悲鳴や『助けて』の声とは重ならない……まるで耳ではなく脳に直接流し込まれたように女性の声が届く。

 

 ——「助けを……助けを呼んできますからね」



 

 締め付けられるような頭痛が、少しずつ強さを増していく……、

 

 何がどうなったんだって?

 ぼんやりと、思い返すと通勤電車に重なるように、馬車の内装が浮かぶ。

 

 なんだこの豪華な座席……電車じゃ、ないな。確実に。

 御伽話の挿絵のようだ。

 

 

 圧迫で呼吸ができない。苦しい、酸素が欲しい。

 頭が、割れそうだ。でも動くこともままならない。

 

 けれど……瞬きのたびに映像は鮮明になる。

 目の前にあるかのように、話しかけてくる女性と、その間に飛び込んできた土砂や大きな岩、飛び散る火花……の記憶が。


「いや、誰ですか……あなた」



 わかってる、あなたがアニーだ。

 でも、それは俺、知らないはずなんだ……。

 なんなんだ……走馬灯くらい見せてくれよ……知らない人の顔じゃなくてさ……。


 苦節七年、ようやくバイトから「社員」の身分を手に入れたのに。『研修』が取れてからにしようとかカッコつけずに、親に報告くらいしておいたらよかった。

 死にかけて、走馬灯に親の顔も見られないなんて……。


 ——諦めて今日も会社に泊まっていれば……。

 ——やっぱり姉上の代わりなんて、引き受けなきゃよかった……。

 

 俺ではない、でも確実に俺の中から出てきた言葉を最後に、意識が途切れた。

『姉上』への強い『恐怖』を俺の心に残したまま。


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