こうして僕は憧れるのを止めた
はねまる@グリスラ9/10発売!!
憧れの終わりまで
中1の春の終わり。
学校終わりの僕は、今日も今日とてあこがれの存在に会いに行く。
「……良いなぁ」
僕の羨望の声が向かった先は池であった。家の近所にはかなり大きな公園があり、そこの池である。欄干にもたれかかりながら、夕焼けに煌めく水面をじっと見つめているのだけど、別に池を羨んでいるわけでは無かった。
悠々と泳ぎ回る大きな魚影がある。鯉だ。この池には目立って大きな鯉が一匹おり、その存在に僕は憧憬の念を抱いてた。
(あんな生き方が良いよなぁ)
最近の僕はかなり疲れていた。
中学受験に見事成功したのも束の間、激変した人間関係に振り回され、未来の高校受験について早くも悩まされている。
一方で、アレはどうなのか?
一見、まったくもって優雅そのものだった。日がなゆったりと泳ぎ回り、そして食事に困ることも無い。
さきほどまで、僕のいた場所には近所に住むおじさんがいた。あの人は鯉にパンくずを上げることを日課としているのだった。
優雅としか言いようが無いのだ。
さらにはアレは愛されてもいた。この辺りの老人、子供の人気者で、僕がここを通りかかる時には大抵誰かに笑顔を向けられていた。
「はぁ」
僕は思わずため息を吐く。
魚相手ではあるけど、どうしようも無く羨ましかった。何もせずとも満たされて、愛されもする。羨ましくないはずがなかった。
僕は鯉を見つめ続ける。現実逃避もあって、羨望の眼差しを向け続ける。そして……首をかしげることになった。
妙な様子であったのだ。僕が見つめていた鯉は、不意に僕を見つめ返してきたのだ。偶然だと思ったが、そのまま変わらない。鯉はじっと僕を見つめ返して来ている。
(な、なんだ?)
戸惑っていると、鯉はこれまた妙な様子を見せた。魚体をひねり、首をかしげたとしか思えない動きをしたのだ。
「なんや? そんなに見つめて、ワイに用でもあるんか?」
僕は耳を疑った。周囲を見渡した。だが、人影は無い。あらためて鯉を見つめる。
「……え?」
困惑を呟くと、鯉はどこか不満げに身をくねらせる。
「そんな見つめられたら、居心地悪ぅてしゃーないわ。迷惑なんやけど、ホンマになんや?」
理解に苦しむしかない現状であるけど、怒られていることは理解出来るのであり、僕は非常に真面目な正確だった。
「ご、ごめん。えーと、優雅だなぁって思ってただけで」
咄嗟に弁明すると、鯉は頷きのような動きを見せた。
「あー、そうかそうか。坊っちゃん、なんか辛気臭い顔しとるもんな。羨ましいって感じか?」
「そ、そんな感じかな」
「なるほどなぁ。まぁ、それは諦めるしか無いわな。ワシと坊っちゃんじゃ、生まれついてのもんが違うんや」
僕が「生まれついてのもん?」と繰り返すと、鯉は自慢げな雰囲気で魚体を反らした。
「そや。ワシは生まれついての勝ち組や。優雅に生きてることが出来て、誰からも愛される星の下に生まれついたんや。坊っちゃんみたいなのと違ってな」
正直、腹の立つ物言いだったが、同時にひどく落ち込みもさせられた。
学校には、さっぱり勉強せずとも成績の良い人がおり、何の苦労もなく友人関係を作ることが出来る人もいた。
鯉の言う通り、全ては生まれもったもの次第で、自分には今後も苦労ばかりしか無いと思えたのだ。
鯉は不意に横を向いた。そこには虫らしきものがあった。鯉はせせら笑うような雰囲気で僕を見上げてくる。
「な? ワシは何もせずともこんなもんや。坊っちゃんは、せいぜい自分の身の丈にあった生き方をしいや? ほな」
そう言って、鯉はパクリとその虫らしきものを咥えた。
すると、ざばん。
水しぶきが上がり、鯉の魚体が宙を舞う。次の瞬間、鯉の姿は地上にあった。ユーチューバーなのだろうか? スマホを片手にしている釣り人が、釣り竿の先にある鯉に歓声を上げていた。
どうやら虫らしきものはルアーのようだった。僕は鯉を見つめる。
あれだけ賢ければルアーと餌ぐらいの区別はついただろうに、まぁ、油断と言うべきか慢心と言うべきか。ともあれ、哀れな最後をあの鯉は迎えることになったのだった。
(……そっか)
僕は夕焼けを見つめつつ、一つ頷く。
なんとなく理解したのだ。優雅であることは羨ましいばかりでは無いのかも知れない。当人をダメにしてしまうのかも知れない。
僕は今、苦労ばかりだけど、それを乗り越えた先にいる僕はそれなりの存在になっているのかも知れない。
「……ありがとう」
連れ去られゆく鯉に、僕は最後お礼を告げていた。きっともう、僕は誰かを妬んだりはせずにすむだろう。
ちなみに、翌日も鯉は池にいた。リリースされたようだった。ちょっと卑屈になっていた。
こうして僕は憧れるのを止めた はねまる@グリスラ9/10発売!! @hanemaru333
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